終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

unamable emotion

よろこび と呼ぶには危うすぎる

かなしみ と呼ぶにはあたたかすぎる

元気です(ただし膀胱を除く)

気付けば3月も終わりに掛かっていますね。こんにちはハヅキです。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

私は傷病手当金がまだ受け取れない中、働いてない2月分の社会保険料やらなんやらの請求が会社から来て泡を吹いています。休職してる間は保険とかそういうお金は待ってクレメンス…と思ったけど、只でさえ自立支援医療とか傷病手当金とかで国のお金を使ってるのにそれ言ったらぶち殺されるな。色々めんどくさいから差し引きして支給してほしい。

 

先日「だいぶ良くなったけどまだどうなるかわからない」と書いてから1週間ちょい経ちました。

あの日記を書いたときは調子が良くなって嬉しいの半分、次に調子を崩した時が怖いという気持ちが半分のアンビバい感じだったので、それから10日ほど経った現状報告をしようと思いスマホを開きました。(ここからまたいつものクソみてえな長文が始まるので読むのめんどい人は見出しだけ見て帰ってください)

 

【現状】安定した自分を確保しつつあります

マジかよ。今まで「安定した自分」とか、「自己肯定感」とか、「ありのままの自分を認めて受け入れる」とか、いろんな人に言われすぎて逆に拒否反応が出るわいという感じだったのに。

具体的な気持ちで言えば、「これをやらないといけない」みたいな焦燥感や「私は生きてていいんだろうか」みたいな不安に襲われて苦しくなることが無くなりつつあります。テレビを観てたり、ゲームをしてたり、特に目的もなく携帯を触ったりとか、そういうダラダラとした時間を過ごしていても罪悪感を抱かなくなりました。すごい!(自分で言う)

そして不思議な事に、「まあ別に…音楽も絵もやりたい時にやればいいかな…」という気になってからの方が、音楽や絵に関する活動も捗っています。不安とか焦燥感とか、そういう不快な感情を抱くことは(たとえやらなきゃいけないという義務感であっても)、人から何かをするエネルギーを奪うのだな…と痛感しました。まあ1番活発にやっているのは絵を描くことでもピアノを弾くことでもなくデレステなんですけどね!

下の見出しでは、その安定を手に入れるために自分が積極的にやったことや、思いもよらず体験したことの中で今の自分の状態に寄与しているものについて書いています。

 

【おそらく効いたこと】①近しい人に洗いざらい話す

わりと劇的な体験。一緒に暮らしている恋人に、自分の価値観や思っていることや、さらにはそれを形成した生育歴まで隠さず偽らず話してから、ビビるぐらい気が軽くなりました。

今まで付き合ってきた人に対しては嘘をついてきたのかというとそういう訳ではなく、無意識のうちに「ここからは話してはいけない」みたいなボーダーラインを自分で引いていたのだと思います。それが相手にとって許せるか否かに関わらず、どちらかというと自分が「口に出して認めてしまうのが怖い」と思っており、言語化できていなかった部分があったのだろうなと。今までも何度かそういうガチモードの話し合いの時間があったにも関わらず、自分自身が大きく変わったと思えたのは今回が初めてだったので。あと普段言葉にしてない部分を話そうとしたせいか死ぬほど時間かかった。

なんで今までできなかったことが今ではできるようになったのかと聞かれると…多分、カウンセリングを通じて「マジで素っ裸になって洗いざらい喋ることによるメンタル面の効果」を肌で感じられたからだと思います。下手したら振られるかもしれないと思っても全部話せたのは、それによって少なからず良いものが得られるという確信があったからこそできたのでしょう、、多分、、

 

あと、話がどう転ぶか未知数の中喋り始めたんですが、最終的に受け入れてもらえたのもとても運が良かったしありがたいです。ありがとうございます…

 

【おそらく効いたこと】②読書

読書というか、水島広子さんの著書がとても役に立ちました。対人関係療法の有名な人(だと思われる)。

 

 

誰と会っても疲れない「気づかい」のコツ

誰と会っても疲れない「気づかい」のコツ

 

 

自己肯定感、持っていますか? あなたの世界をガラリと変える、たったひとつの方法

自己肯定感、持っていますか? あなたの世界をガラリと変える、たったひとつの方法

 

 

水島広子さんの本は1年以上前にも読んだことがあったのですが、当時読んだのが下のような対人関係療法そのものについての本だったので、それを素人が実践するには今回読んだ2冊のような噛み砕いた説明のほうが良い感じでした。

 

自分でできる対人関係療法

自分でできる対人関係療法

 

 

ちなみにこの本は元彼との関係をなんとかするために旅行前日に買って、その旅行先でブチ切れて横浜で捨てた。(相当荒んでた)

 

今回読んだ本は「気づかい」と「自己肯定感」という、単語だけで見たら対極にあるようにも見えるテーマの2冊でした。しかしながら中を読んでみると、水島さんが一貫して主張しているのはどちらも同じ「自分の領域と他人の領域を区別し、自己も他者も評価せずそのまま受け入れる」ということでした。

たぶん私のハイパーざっくり説明を聞くだけだと「何ありきたりな事言ってんだよそれが出来ないから苦労してんじゃねえかハゲ」って気持ちになると思いますが、そういう自分と他人の線引きをしっかりすることが、「気づかい」という対人コミュニケーションに当てはめるとどうなるのか、「自己肯定感」という自分との対峙に当てはめるとどういうことなのか、というアプローチで書かれてます。論理的かつ具体的なので、今までそういう言葉にアレルギーを持っていた人にも受け入れられやすいし、比較的活用しやすいのではと思います。

前項で書いた「洗いざらい話す」という体験の前にこの本に出会えてたことも、今こんだけ良い状態でいられてる一要因かもしれません。この本がなければ、自分のことを話す段階で相手の領域を侵害するような話し方をしていたかもしれないし、相手の言葉をちゃんと聞くこともできなかったかもしれないし、聞いていてもそれを受け入れられなかったかもしれないです。合う合わないは人それぞれかと思いますが、私みたいなロジカルメンヘラ(論理的思考で問題を解決しようといろいろ考えるも結局その思考で自分の首を絞めるタイプのメンヘラ)にはお勧めしたいです。

 

【思いがけない気づき】1回元気になると割と好循環が回せる

マジでこれを声を大にして言いたい。1回人に受け入れてもらえるという成功体験をしただけでそんなに人間変わるもんじゃねえよ…と思ってたんですが、その1回の体験が起爆装置になって、体の調子が少し上向きになったりすると、そこからは結構トントン拍子です。

多少しんどいイベントがあっても(膀胱炎になったりとか、膀胱炎のせいで楽しみにしてた友達との予定をキャンセルせざるを得なくなったりとか、膀胱の痛みに耐えるために課金してプラチナガシャ10連引いてもダブりSRしか出なかったりとか)、不思議と受けるダメージを極小に抑えられるし、未来の不確定要素について考える時にも、起こってない事に不安になって自分で自分を疲れさせちゃうというパターンを防げることに気付けました。

私の抱えていた不安は状態異常みたいなもので、それを抱えているだけでみるみるHPが減ってたのだなーと、不安から抜け出して初めて思えました。常に毒状態だったからしょっちゅうHP切らして倒れてたし、人よりも休む時間が必要だったのかー!と。そりゃ疲れるわーと。

 

多分キッカケも辿る道も人それぞれだと思うんですが、同じような漠然とした不安を抱えている人がいたら、それ毒状態みたいなもんだからごまかしてHP削りながら進むよりも1回教会寄った方がいいよと伝えたいです。ちょっと時間と勇気は要るかもしれませんが。

 

 

【おそらく効いたこと】③バーフバリ

大事なもの載せるの忘れてました。前評判に違わぬヤバさでした。

インド映画に1ミリも興味がなかったので、友人がみんな口を揃えて「バーフバリ!バーフバリ!」と叫んでてもなかなか観るに至らなかったのですが、膀胱炎の痛みに耐えるために試しに観てみたら痛みをごまかすどころか忘れることができた。なんかへんな脳内物質が出ていた。

苦しいけれど自分から踏み出すのが怖い人はとりあえずバーフバリを観ましょう。多分ちょっとだけ元気になります。

 

I

言葉では伝えられないけれど 言葉以外の手段で伝えられるものがあるように、

言葉以外の手段では伝えられないけれど 言葉にすることで初めて伝えられることがあることを知っている

 

だからあなたは、「言葉なんていらない」と言い放ったあの場所で、

息を切らしながら、不格好な切れ切れの言葉を紡ぐのでしょうか。

 

一つでも、一人でも救えるように

そしてあなた自身も、一つでも救われるように

 

2018年3月11日 ヒトリエ UNKNOWN-TOUR 2018 “Loveless” @ 名古屋クラブクアトロ

おおよそ3ヶ月ぶり3回目のヒトリエちゃん!こんな短いスパンで同じバンドを観に行くのは9年ぶりぐらいなのでなんだか新鮮です。因みに9年前は、露出狂のみうらじゅんと白目を剥いたミッキーと紙袋の妖怪と布袋寅泰の腰巾着がやってたSugarとかいうヴィジュアル系バンドを必死で追いかけていました。有料のファンクラブもないような小さいバンドだったので、しょっちゅう土曜日10時にローソンの端末にへばり付いていました。

ライブレポなのにいきなり死ぬほどどうでもいい話してすみません。当時書いていたブログがインターネットの腐海の中から出てきて懐かしくなってしまったもので。

 

そんな当時の記憶を思い出してしまったから…というわけでもないのですが、珍しく今回はやや前列のアグレッシブゾーンで見てました。普段は暴れるよりステージをガン見したい派なんですが、整理番号もわりと良かったためなんとなく魔が差した…ものの2曲めぐらいでもう後悔してました。なんで行った。

いや、中途半端な位置にいて前の人で何も見えないのが一番つらいので(よくある)それなら視界の妨げになる人が極力少なくなるように前行ったろやないかという目論見だったんですが、自分の身長が低いことを忘れてました。周りの人の口が位置するあたりに自分の耳があるせいで、周りがワーッて沸き立つたびに鼓膜がキーンってなるの。あと周りの人の首より下が位置するあたりに自分の鼻や口があるせいで、新鮮な空気が吸えないの。最悪死ぬのでは…と思いましたがなんとか最後までわりと前のほうで見ることができました。楽しかった!

 

ツアー名が最新アルバムの中の1曲「Loveless」を冠しており、また初っ端が同アルバム曲の「NAI.」だったので、まずはai/solateの曲を演っていくのかな?と思いきや、その後は昔の曲が続きました。最初の方で印象に残ったのはツイッターでも散々言ってた「日常と地球の額縁」!!wowakaさんがボカロPとして出したアルバム「アンハッピー・リフレイン」に収録されてた1曲で、当時もあんまり知ってる人がいないややマイナーな曲だったんですが、ボカロ時代の曲の中でもかなり好きな曲だったので、イントロが流れた瞬間思わずコロンビアの構えになりました。当時のwowakaさんにしては珍しく原曲も生音中心で、それこそヒトリエの音楽性のベースになったような曲の一つだと勝手に思っています。かっこいいよ。

 

アンハッピーリフレイン

アンハッピーリフレイン

 

 

前半戦は周りの人に前後左右に押されながら、イガラシさんを中心に各メンバーをジロジロ見てました。前回のライブレポ見るとほとんどwowakaさんのことしか書いてなかったので、今回はもうちょっと楽器隊を見ようかと思いまして。
しんどいながらも前のほうにいて良かったのは、ベースの音がよく聞こえることとと、弦楽器隊の手元足元が見られることでした…私も趣味でたまにベースを弾いててスタジオに入ったりもするんですが、あれ?私が普段弾いてるのってマジでこの人と同じ種類の楽器?ほんとに?ティッシュの空き箱に輪ゴム張ったやつじゃなくて?みたいな気持ちになりました。イガラシさんの左手がキモい動きをしているのは素人が音源を聴いても想像に難くないんですが、右手も相当ヤバいですね。あの細っかい1音1音の強弱をコントロールする右手の指の動き…インテル入ってる…あとイガラシさんもベース弾きながらかなり動くっていうか、なんか微振動してない?大丈夫?やっぱりオリエント工業製なの?(前回のライブレポ参照)と思って足元を見たら八分音符でリズム取ってました。足で。手も足もめちゃくちゃ忙しいな。

 

イヴステッパー→Lovelessあたりでwowakaさんが一旦ギターを置いてハンドマイクで歌ってたので、そのあたりではここぞとばかりにシノダさんに注目してました。バンドマンがでっかいエフェクターボード担いでくるたび、本当にそれ全部使うの?なんか絶対使ってないやつ混ざってね?と疑ってたんですが(嫌なやつ)、足元の動きと連動して音が変わるのを観るとワー!と思います。趣味で音楽やってるとは思えない自分のこの語彙…

(ちなみにベーシストも足元凝ってる人はかなり凝ってて、それこそイガラシさんとかなかなか大っきなボードを置いてらっしゃるのですが、私はよくわからないので安物のマルチエフェクター1つにすべてを任せています。あんまり料理しない男がオイスターソースとウェイパーで料理全般をなんとかしようとするのと似たような感覚です)

シノダさんのリードギターは、聴くと「シノダさんだー!」ってわかる音が良いですね。

 

そんな感じで割と満遍なくステージを見渡していたのですが(ゆーまおさんは見えませんでした)、中盤でやった「目眩」のサビのいちど静かになる部分、「思いを思うだけいつも寂しいのは それをただひたすら願っている標しだから」と歌うwowakaさんに、なぜか強烈に心を奪われました。

ボカロ時代から音楽を続ける中で、自分がわからなくなったり、曲が作れなくなったり、沢山の辛いことやしんどい事があったんだと思います。それでもこうやって今もステージに立っている理由が、その瞬間のwowakaさんの歌に集約されている気がしました。こないだのリトルクライベイビーに続き、ライブで聴いて大好きになった曲がまたひとつ増えてしまった…

 

それからはなんやかんやで、結局wowakaさんばっかり見てました。今までバンドや歌手を追いかけてた時って、歌や演奏がうまいとか、声が綺麗とかパフォーマンスが見てて楽しいとか単純に顔が好きすぎるとか、割とミーハーなファンの目でしか見ていなかったのですが、wowakaさんに目を奪われる理由はそれとはちょっと違う気がします。顔も声も特に好みじゃないし、前半は彼を見ても「メガネくもりすぎでは…?」ぐらいしか感想出てこなかったし…

 

いろいろ理由を考えたんですが、たぶん、wowakaさんにはなんとなく自分とシンパシーを感じる部分があるからなのだと思います。自分らしくありたいと思いながらも、他人や他人から見た自分を気にせずにはいられなくて、必要以上に考えて必要以上に傷ついて。それでも、考えることも、それを誰かに伝えることも止められない。それが未来の自分や、同じ苦しみを抱える誰かの為になると信じているから。ただの憶測と妄想でキモい事書いてすいません。とにもかくにも、自分と似たような苦しみを抱えている(と勝手に感じている)彼が、より気持ちが伝わりやすい言葉を探すように、「最大限の表現の手段」として音楽を続けている姿に、言葉では伝わりきらないなにかを感じているのかもしれません。もしくは、「メガネくもりすぎでは…!?」という心配が極限に達して他のメンバーに集中できないだけかもしれません。

 

やめようと思ってるのにまたキモい文章をしたためてしまった…普通の感想文に戻ります。

終盤で衝撃だったのは断トツでナミダアメ。なにが衝撃ってシノダさんのドラムパッド叩く姿よ。あんな情熱的な動きでドラムパッド叩く人はじめて見た。スティックじゃなくてマリンバとか叩く用のマレットで叩いてるのも謎だし、ひと通り叩いた後きっちりマレットを片付けてからギターに入る姿もシュールだった。あとライブ後友達と喋ってた時にシノダさんがBメロ入った後も普通にドラムパッドの音鳴り続けてたよなという声もあったので、「特に音が鳴ってた訳ではなくAメロでシノダさんが暇そうにしてたからマレット持たせといた説」も浮上してて色々やべえなと思いました。

 

アンコール後の喋りもシノダさんが絶好調でした。前はハンドスピナーを回しながら登場してたなと思ったら、今回はグッズの飴を袋から取り出して客席に投げながらの登場でした。

お客さんから「ホワイトデー!」って飴を求められて「は?お前らはバレンタインに俺らになんかくれたのかって話だよふざけんなよ」って悪態ついたり、エゴサーチしてたら自分のピックがメルカリに出てたという話から「全音楽業界でメルカリでのピック相場番付やりたい、やっぱ1位はB'zだな〜みたいなw」とか言い始めてwowakaさんに「他のバンドに迷惑をかけるのはやめなさい」って怒られてたり、グッズの飴食べながらMCしてたせいで曲の直前に飴が喉に引っ付いて素でムセてたり、ゆーまおさんとキャッキャ喋ったりしてて全体的に可愛かったです。

バンドにああいう喋りが上手い人がひとり居るとライブの楽しみが増えるからいいですね。いつか岸田教団の岸田さんと対談してほしい。たぶんカオスが生まれる。

あと一言も喋らず黙々と飴をmgmgしながらアンコールの準備をするイガラシさんがかわいかったです。

 

アンコールは踊るマネキンとリトルクライベイビーの2曲でした。リトルクライベイビーのラスサビ前Cメロ、シノダさんとイガラシさんが両サイドでバックコーラスをやってる姿がとても良かったです。これが生きてる音楽だ!これがライブだ!これがヒトリエだ!という感じがして。(ゆーまおさんも歌ってたのかもしれませんが見えませんでした)

 

最後のMCでwowakaさんが言った、「俺は絶対に死ぬまで音楽を続けるから、死ぬまでついてきてくれ」という言葉がとても嬉しかったので、その言葉を信じてこれからの活動も楽しみにしてます。次のライブが見られるのはいつかな!

自暴自棄

残響、耳鳴り、初期衝動

いっそ自分を縁取る輪郭に鋏を入れてしまえればと、

2ヵ月弱の休職を経て

こんにちは、ハヅキカオルです。気がつけば2月が終わっていた…どころか、3月も3分の1を終えようとしており時の流れの速さにただただ驚いています。部屋の松岡修造日めくりカレンダーをふと見ると6日で時が止まっていました。どうしてそこで諦めるんだそこで!

 

1月中旬に休職するということをブログやTwitterで伝えてからもうすぐ2ヵ月が経ちます。調子が良くなったり悪くなったりを繰り返しているのですがなかなか状況を人に知らせてなかったり、調子が悪いときは人と会う予定を立てていても度重なるドタキャンをしてしまったり(本当すみません)、そのくせTwitterには元気な時しか現れないのでつぶやきを見てると只の人生楽しいオタク(無職)みたいになっていたり…と、色んな人に心配や迷惑をお掛けしているので、近況報告がてらこの2カ月の様子を振り返ろうと思い立ちました。

あとは自分が思い返したいときに見返す備忘録と、いないとは思うけど休職を考えていたり休職している人なんかに、こういう過ごし方もあるのねー的な感じで読んでもらえればと思ってます。

 

■休職直後(1月中旬~下旬)

毎日わりと極限状態でした。

当時のブログでも書いたように、今まで隠しながら生きてきた不安や自己否定感に対処するために休職を選んだので、休職前はそこまで「毎日つらすぎてつらすぎて生きる気力が全く湧かない…」みたいな感じはなかったんです。が、休み始めてたくさんの時間を与えられると、今まで考えないようにしてきたものに不安にさせられたり、「仕事を放り出してまで貰った時間を無駄に過ごしてはいけない」という焦りが生じたりで、休職前よりもメンタルの調子は格段と悪かったです。そしてそれがまた「休まない方がよかったのでは?」という不安と自責に繋がるという悪循環。

今思えば、仕事で毎日頭がヘトヘトだったので(思い返せば仕事自体も相当つらかった…誰も答えを持っていない問題を実質ひとりで解くように言われて、試行錯誤しながら企画を進めても「成功する確証は?失敗したときの責任は?」で突き返される地獄)、自分自身や人づき合いについて考える余裕がなかったのだと思いますが。

 

この時期には本当に沢山の人に迷惑を掛けました…家から出られなくて友達との約束を当日数時間前にドタキャンするわ、逆に友達と会っても死にそうな顔で泣き事ばっかり言うわ、原因のわからない不安を恋人の所為にして相手を責めるわ、元上司と先輩の前でぼろぼろに泣いた挙句奢ってもらうわ、ちょっと今思い出しても死にたすぎるので振り返りはこれくらいにさせてください、本当すみませんでした…

 

基本的に、寝てるか泣いてるか怒ってるかデレステをやってるかでした。生活パターン全4種。

ちなみに、アホみたいな話ですけどデレステにめちゃくちゃ助けられました。音ゲーだから最低1曲分集中するだけで出来るし、その数分集中することでマイナス思考のスパイラルから抜け出せたりもするし、アイドルの皆は境遇もルックスも得意なことも好きなこともみんな違って、それでも皆が前向きに頑張るところを見ていると元気になるし…あっ、因みに例外的に一貫して後ろ向きにアイドルから逃げ続けるイレギュラー的な存在がいるんですけどね…森久保乃々ちゃんって言うんですけどね…

…隙あらば推しを布教しようとする厄介なオタクになりかけました。自重します。

 

とにもかくにも、気晴らしがあった事はこの時期を乗り切る大きな助けになりました。あとは自炊を始めたこともかなり良かったのではと思います。料理も割と考えずにできるし、昔のコンビニ生活よりも体にもお財布にも優しいし、材料を買うため外出するキッカケも作れるし、自炊を続けられたことが少し自信に繋がったのもある。

 

■増薬・カウンセリングの開始(2月上旬~中旬)

休職前から通っていた病院に、もうほんまにムリですオエー!!という旨を伝え、かねてから飲んでいた薬の増量に加えて頓服薬を変えてもらいました。

頓服は副作用の眠気がかなり強いタイプのもので、「お前はしんどい時自分を責めて余計に沼にハマるタイプだからこれ飲んで寝てろ」と主治医に言われたので、わりとこの時期はアホほど寝てました。

元気な時は、友達と遊んだり、iPadで絵を描いたり、本を読んだり、スタジオに入ってドラムを叩いてみたり、ドスケベクッキングバトルを開催したり、デレステやったりしてました。新しいことに色々挑戦しようという気力や、色んな事が楽しいと思える気持ちが少しずつ出てきたのは嬉しかったし有難かったです。

 

鬱になっても朝起きて夜寝る生活リズムは保った方が良いとよく言われますが、それを助言ではなくプレッシャーとして受け取ってしまうタイプの人はむしろ生活リズム崩れようが寝てしんどいのから解放されたほうが良いと思います。マジで。生活リズムは戻そうと思ったらわりとすぐ戻る。(朝昼どんだけ寝ようが夜もぜったい布団に入ってたのも大きいかもしれないです。お布団だいすき)

 

とは言っても気晴らしが少し上手になっただけで根本的な問題は何も解決しておらず、相変わらずしんどい時は超しんどかったので、昔からの友達の勧めもあり久しぶりにカウンセラー的な人に相談することにしました。

カウンセリングって、当たり外れや合う合わないが激しかったり、そしてそれがしばらくカウンセリングを受けてみないとなかなか分からないこともあったりと治療を受ける側にとっては結構リスクもあるのですが、今回担当していただいたカウンセラーの方はとても話しやすく、かつしっかりと治療が進められているという実感も持てて有難かったです。

具体的には、最初に私が目指したいゴールを確認し、毎回のカウンセリングの冒頭で目的を再共有してくれた点と、「問題解決のために使う技法として今回は何が適切だと思っているか・その理由は何か」といった、治療をする側の見解を早い段階で話してもらえた点。過去、「よくわからないけど雑談をしてお金だけ取られる」みたいなカウンセリングをダラダラ続けたことがあり、それからカウンセラーに対してかなり懐疑的になっていたもので。

 

■好転の兆し(2月下旬~なう)

病院+カウンセリングでの治療が始まってからは、自分の中で以下のような療養生活のルールみたいなものが何となく出来ていたので、基本はそれに沿って生活していました。

 

  • 相談したいことや感じたことはカウンセリングで話すために記録しておく。その場で深く考えない。
  • 「何かやりたい」と思って、それをやる気力がある時は積極的にいろんなことに取り組んでみる。楽しくなくなったらやめる。
  • 何の気力もわかないとき、負の感情で頭がいっぱいになっている時は、他人や自分に悪影響を与えないうちに頓服を飲んで寝る。

 

根本的な問題は自分だけじゃ倒せない割り切って、普段の生活でいかにHPを守り通すかだけを意識したのが功を奏したのか、その後数回の病院やカウンセリングを経て、状態は少しずつ良くなってきています。

まだまだ波はあり、多分この記事を書いてる今はだいぶ好調で高潮な状態なので来週の自分はもしかしたら全然違うこと言ってるかもしれません。すみません。来週この記事が突然消えていたらその時は察してください。

 

その根本的な問題、つまり根強い自己否定感ってどうやって改善したの?という話ですが、ちょっと私にもよくわかりません。カウンセリングってすげえや!という事ぐらいしか言えません。

ただ言える事があるとすれば、100人いれば100人が違う生き方をしてきて、いろんなものが複雑に絡み合って今の自分を作っているので、とりあえずまずはカウンセラーが信頼できるタイプの人だと分かったら、カウンセラーの前で全裸になるところから始めることが大事だなと。理屈では分かっていたのですが、今回自分がそういう体験をして初めて本心でそう思うことができました。

 

あとはカウンセリングもすげえけどその裏側で私がしてたチマチマした努力もすげえからそこんところシクヨロ。

根本的な問題解決はカウンセラーに任せる、というスタンスは前述の通りでしたが、その前段として自分を知ることは自分にしかできなかったし、それがあったからカウンセラーの前で自分が本当に感じていることを話せたのだと思います。

じゃあその自分が本当に感じていることを知る方法って何だよっていうのは、たぶんそれも千差万別。言葉にするとどうしても当たり前というか言わずもがなみたいな事になってしまうのですが、自分が今まで経験した色んな事を通じて自分のことを知っていくのだと思います。生きることとはすなわち自分を知ることなのであり、生きている限り、新しい自分を知りつづけるのです。

突然キショいこと言ってすいません。いつか自伝とか出したら帯に大きく書いてもらおうと思って。つい。

 

■なんだか自己啓発セミナーのおっさんみたいになってしまったついでにもう1個キショいことを書きます

自分がこういう風に物事を考えられるようになったきっかけの一つに、マインドフルネスの考え方を知って、瞑想やらフォーカシングやらヨガやらを始めたことがあると思います。

今まで頭で考えたこと・言語化したことが自分の全てだと思っていて、言語化されていない感情や思考が自分の中に存在するなんて露ほども思っていませんでしたが、瞑想等を通じて「整理された思考とは別のところに、何か重要なものがある」という実感を持つことで、カウンセリングでも上手く整理できていない、一見意味のないような情報も含めて、自分の事を包み隠さず話すことができました。

 

で、何でマインドフルネスに辿り着いたかというと、最早私の限界ライフを語る上で外せない存在となっているモラハラおじさん(過去記事参照)との日々の産物です。

おじさんとの関係の中で、生き残るあらゆる術を調べまくって出逢ったものの一つに、マインドフルネスがありました。そんでもって今回の休職自体も、モラハラおじさんとの別れの時に死ぬほどお世話になり固い絆を結んだ元上司と先輩がいなければ言いだせなかっただろうし、そもそもモラハラおじさんから受けた心身のダメージがなければ休職なんてことにはならず、結果的にこれからもずっと自己否定をしながら生きていたかもしれません。

そんな因果を考えると、やっぱり自分が生きてて経験した事には何らかの意味があるんだなあと、感じずにはいられませんでした。

 

■まあ、まだ治ってないんですけどね

ここまで意識高そうなことを書きまくってあたかも完治した後日談みたいにしてしまったものの、数日前に行った病院では「まだ復帰は無理」と言われ、おそらく4月中旬ぐらいまでは自宅療養、その後社会復帰プログラムとして1ヵ月弱ぐらい会社の定める何か(not現場での仕事)をやるようです。

明日以降また大きく落ち込んだり新しい問題が浮上したり、逆に次の診察で医師からGOサインが出て復帰が早まったりしなければ、完全な復職は今のところGW明けぐらいになるのでは、と見込んでいます。

 

まあでも、精神状態はおそらく良化しています。カウンセラーの方にも「治療としては一区切りにしてよいと思う、次はメンテナンスのような気持ちで現状報告しに来て」と言ってもらえるぐらいには良くなったので、結構前向きな気持ちです。

次にマイナスの感情の波が来たときにどうなるかとか、薬をどう減らしていくかとか、復職したときに今までと同じ仕事を続けるかとか、傷病手当金の初回振込が結構遅くて死ぬほどお金がないとか、いろいろ懸念することはあるんですけど、まあなんとか生きられるんじゃないかと信じてます。てへてへ。

 

未だかつてない前向きかつ香ばしい日記でした。自伝の出版オファーはいつでもお待ちしております。