終夜灯ブライトブライト'

書きたいことを書きたいときに書く練習 アメブロから引っ越し

無題

少し照れ臭そうに背を向けて歩いていく

小さな背中に向かってつぶやいた 

ごっこ遊びはおしまい

好きな事を楽しめないのはもう嫌だ

どうも私です。お休み期間中は自分の思ったことや感じた事を残しておくために、できるだけこまめにブログを書くことにしようと思いました。

というか、文字にして自分で納得しないと拭えないモヤモヤが大量に発生しているもので。鬱屈な文章が多くなるんだろうとは思いますが、気が向いたときにお読みください。

ちなみにまだ新課長には休職したい旨を伝えておらず、体調不良による年休を続けている形です。新しい課長からしたら着任した瞬間にひとり戦線離脱ってなんやねんって感じですよね。さーせん。

その上Twitterとか見てたら特に死にそうなツイートもしておらず、何なら白昼堂々アニメとか見ててこいつ元気なんじゃね?という感じですけど、殴りたい気持ちをちょっと抑えて以下の記事を読んでいただけると幸いです。

休職してやりたいと思っていること

「やりたいことをやりたい」。デジャヴを感じるほどのシンプル・イズ・ベスト。

 

というのも私にはやりたい事があまりないのです。趣味はCDを聴くこととライブに行くこと、あとバンド活動やカラオケオフへの参加を少々…とか言うとワーオ!多趣味だね!と言われるのですが、自発的にやっているというよりも友人に誘われたり勧められたり、あとバンドなんかは一度組むと自動的につぎのライブや練習の予定が立ったりするので、半分趣味・半分義務のような感じなのです。(あっ、でも誘われるのは嬉しいし、義務といっても「仲間と会いたくてやってる所が大きい」的な意味なのでこれからも是非誘ってくださいね…)(予防線)

ただそれでもすげえ音楽を聴いた時のドキドキ感なんてのは今でもありますし、通勤路で「これコピーしたい!」と急に思い立って駅のホームでドゥドゥ…ってベース音を歌って不審がられたりもしてるんです。だけど何なんでしょうね、先日の記事に書いた不穏な感情が表に出てきはじめた大学入学前ぐらいから、趣味に関わるあれやこれやを考えたり取り組んだりする時も、心の一部が翳っているような感触が拭えないというか。

 

多分その一因は、前の記事で取り上げた不安や焦燥感だと思います。自分のやってる事が本当にやりたいことなのか、それとも才能のない自分にとっては時間の無駄だから止めた方がいいのか、わからなくなって何かをしようとしてもすぐに手が止まってしまいます。止まらないものといえば夜中にスケベな漫画を漁ることと、こういう面倒臭い文章をブログやらにうだうだ書いてしまうことぐらいです。

余談になりますが、おなじ理由でアニメやドラマを見ることやゲームもすごく苦手なんですよね。どちらかというとこれは音楽に関する何かをやってる時よりも更に居心地が悪いです。自分のやってる事が、何か将来の為になるわけでもない。この続きを見なくても私の人生に降りかかる不利益は特にない。そういうことに時間を使うことに嫌悪感を抱いてしまうのです。

 

おそらく、一種の強迫観念だと思います。そしてそれを生み出しているのは、当たり前のように決められた進路のための受験勉強だったり、社会人になってからのいろんなストレスだったり、はたまたいつからか備わっていた劣等感だったり、はっきりとした原因は分からないですが、「何か自分の実になることにリソースを費やして、もっと優れた人間にならなければならない」という気持ちが根底にあるのだと思います。

 

やりたい事がないとは書きましたが、音楽が好きなことは胸を張って言えます。人の作ったものを聴くことも、自分で何かを作りだすことも。

小学校に入学する前に、母親のお古のリコーダーを鳴らして遊んでいたこと。好きなアーティストの曲をリコーダーで吹きたくて紆余曲折してるうちにキーという概念を覚えていたこと。漫画オタクだったはずなのに、アニメの本編より主題歌が大好きになって、気付けばミュージシャンオタクになっていろんなバンドマンの同人s(以下検閲されました)。中学校の成績がオール5だったらライカエジソン大阪店で好きな音源を1枚買わせてほしいと親に頼みこんで実現したこと。6年間続けてきた吹奏楽を人間関係の悪化で辞めざるを得なくなって、それでも誰かと音楽をやる事を諦めきれずなけなしの友人に声をかけまくってバンドを組んだこと。何かをずっと続けてきた、胸を張って誇れる話はひとつもありませんが、それでも私の生活は常に音楽と一緒でした。

 

だから好きな事に対して心が動かなくなっていくのは、本当につらいんです。社会人になって、いつまでも趣味中心の生活じゃダメってことなんだよという言葉で片付けられるのかもしれません。でももし、目標に掲げた自己肯定を実現するとしたら、私は音楽をやっていない自分を肯定出来る気がしません。というか、音楽をやっていない自分を「それでもいいんだよ」と肯定したところで、それが自己肯定だと、今の自分には思えません。ずっと音楽と一緒に暮らしてきて、音楽のために必死になったり、音楽に助けられたり、たぶんそういうのの積み重ねで今の自分がいるとしたら、今でも大好きな音楽を諦めている自分は多分自分ではないと思ってしまう。

 

とりとめのない文章になってしまいましたが、とにもかくにも自分がこのお休み期間中に目指したい姿は

  • レベル1:まずは受動的に趣味を楽しむことに対する罪悪感をなくす。
  • レベル2:能動的な音楽活動に必要な努力を継続的に行う。

の2点かな。レベル1と2に分けた理由は次の話の通りです。

 

好きな事をやるために面倒な努力をしなければならないという当たり前の事実を身体で覚える

はい。これ。今の「趣味が楽しくない」という状況、上記のような「自分のやりたいことが正しいことなのか・実になることなのか分からなくて時間を浪費しているのかと思うと不安」という理由と、「単純に練習が面倒臭い」という理由の両方が絡み合ってるのではないかと自分では認識しています。こんだけくどくど書いといて後者の理由がクソすぎる。

 

「不穏な感情が表に出てきはじめた大学入学前ぐらいから、趣味に関わるあれやこれやを考えたり取り組んだりする時も、心の一部が翳っているような感触が拭えないというか…」とかアンニュイな感じで書いてはみたものの、よく考えたら後者については別にその時期に限らずずっと努力が苦手でした。「高校のときは絵を描くこととかが好きで、絵を描いてたら1日ずっと楽しかったのに何で今は楽しめなくなっちゃったんだろう…」とか思って自己嫌悪に陥ってたけど、1日でレベルはともかく完成させられる絵とかなりの年月をかけて基礎を詰まなければ1曲やりきることすら難しい音楽はまた違うよね。絵は幼少時代からずっと描いてたから、デッサン力とかはともかく形は作れたもんね。ちなみにデッサン力がまるでなかったのは、30秒ドローイングとかを試みながらも毎回1週間で飽きてたからです。

 

思えば多分あのころから自分のADHD特性は見え隠れしていたのだと思います。出来る限り練習することなく本番に出たい…と思っていた私は、めきめき自主練とか河原でやっちゃう周りの子たちに比べて控えめに申し上げても下手でした。6年もやってたのに全く響かない!ユーフォニアム

それでもまあ月水金のこの時間から来いよと言われている練習には割とちゃんと行ってたので(行かないと顧問に殺されるから)吹奏楽部時代は楽しい思い出や成功体験のようなものも割とあるんですけど、練習の基本単位が「個人」となるバンドになるともう本当に練習しなくなるよね。自分で書いてて死にたくなってきた。

 

それでもやっぱりバンドは続けたくて、というか音楽で自分を表現するということはやめたくなくて、その理想と先延ばしを極める自分のギャップでまた死にたくなって気が付いたらお布団の中で1日を終える生活がデフォルトになっていたというか。

 

なのでまずは空いている時間の過ごし方に対して強迫的になりすぎず、かつ自分なりに継続的な練習をこなせるような工夫を考えて少しずつ試行錯誤して、うまくいかなくても自己嫌悪の悪循環に陥らないという、これから仕事と趣味を両立した人生を送るための基盤のようなものを作れたらいいなと思っています。あと単純にいろいろ楽器できるようになったり、いろんなひととバンドやってみたり、願わくば自分で曲を作ってみたりしたいんです。(こういう気持ちがずっとあるあたり、やっぱり私は音楽が好きなのだと思います)

 

仕事休んで趣味やるの?クソじゃん…という感じなのかもしれないですけど、自分で自分のことを好きになる一つの大事な要素だと思っていて、実際に去年1年は仕事だけが自分を肯定できる要素だったせいで、年明け早々仕事が詰んだことで再起不能のダメージを受けてしまっているので。趣味をたくさんやりたいというよりも、好きな事やそれに伴う努力を楽しいと思って続けられるような精神状態に回復したいという感じだと思ってください。(無理やり良い感じの言葉でまとめた)

 

なんだかうまくまとまらなかったので、またいつかもう少しわかりやすい文章に直します。

 

 

 

 

 

 

追記

好きなものや以前興味があったものを楽しめないってそれうつ病じゃん☆ということに気付いてひとしきり笑っていま泣いてる。

一度だけ人生の春休みをください。(※1年ぶり2回目)

ちゃうねん。ちゃうねんて。去年のはさホラなんというか連休と言う名の監禁みたいなもんやったし。

そんな厄介なオタクのようなことを口走る今日この頃、どうも私です。いかがお過ごしでしょうか。

私の方は自己肯定をテーマに1年のスタートを切ったと思いきや、蓋を開けてみると結局すぐに身体は壊すわ不安でどうしようもくなくなって他人に迷惑をかけるわで、年明け2週間にして割と自己嫌悪と将来への不安と直近の仕事に対する不安で心身ともにボロボロです。

今はというと、仕事が終わらず先週の土曜日に出勤したものの結局やりたかったことを全部やり終えられず、しかもその精神的な負担と冷えと疲れとなんやかんやとで昨日熱を出して早退し、その延長線的な感じで今日も休んじゃったテヘペロという状況でございます。

で、週末ぐらいから動けなくなりベッドの上でしばらく考えていたのですが、この流れに乗って可能であれば休職というものをやってみようかなと思っています…言葉にすると死ぬほど軽いノリっぽいな。初めてのiPhoneデビューぐらいのテンションで休職するなよ。

 

年明け早々iPhoneXに機種変するついでに休職もしたと思われたら困るので、あと今思っていることをなんとなく素直に言葉にしておきたいと珍しく思ったので、休職しようと思った経緯というか、今の自分の思いを書いてみようと思います。

 

休職に至った経緯

心身の限界。シンプル・イズ・ベスト。

 

しかし単純に心身の限界というのも語弊があって、別にまったくベッドから動けないとか希死念慮で何も手につかないとか感情と言う感情が全て消え失せてるとかではないんですよ。無理な日はホントに無理なのでたまに突発的に休みをもらいつつ、何とか普通の社員と同じように仕事には行けているレベルです。

だけど、それがダメなんじゃないかと最近思い始めてきたのです。ギリギリの状態で持ち堪える暮らしを続けてよいのか、あと何年続けられるのか。そういうことを考えると、一度まとまった休みが必要なのではないかと思った次第です。

去年の半ばぐらいにプライベートがちょっとゴタついたことは前課長も、今ずっと一緒に仕事をしている先輩も知っていて、だから私の心身の不調は一連のゴタゴタが原因だと思われているようです。それは年月の経過とともに少しずつ良くなっていくものだろうから、無理なときは休みつつできる時から仕事をしていけば、最終的には良くなるだろう、というのが彼らの見立てです。

 

でも本当はそうじゃないんです。私のギリギリ限界ライフとそれに伴う心身の不調は、プライベートのゴタゴタが始まる前から、自分が自覚している限りでは18歳の頃からずっと変わらないんです。

 

私と限界ライフ

不穏な感情が私を支配し始めたのは、高校3年生の時でした。受験のストレスが原因…と当時医者には言われましたが、その説明にはあまり納得がいっていません。何が原因かは自分でもわからないのですが、とにかく周りの全てが信じられなくなりました。はじめは当時の恋人が、次には恋人と共通の知人友人が、次には自分の高校の同級生が、そして最後には家族と自分自身が。何をするにも最悪の結果が頭からこびりついて離れず、人と待ち合わせをするたび「きっと本当は私と会うつもりなんてなくて、待ち合わせ場所でひとりで寒空の中待ち続ける私のことを、あの人は遠くから見て笑うつもりなんだろうなあ」と思っていました。人と会っているときも、もし今日サヨナラしてしまったら、もう二度と会ってもらえないかもしれないという不安で頭がいっぱいで、当時誰とどんなことを話していたのかほとんど覚えていません。模試の試験中に、「自分がこのままおかしくなってしまうのではないか」という不安で会場から逃げ出したこともありました。

そして、そんなギリギリの精神状態の中、行ける範囲で学校に行ったり勉強したりと、自分にとっての「できること」を続けた結果、私は第一志望の国立大に合格しました。私のことを嫌っているのではないかと思っていた友人も元恋人も、素直に喜んでお祝いしてくれて、もう不安の中自分を椅子に縛り付けて勉強する必要もない。苦しいのは全部終わりだと信じていました。

 

それでも、頭にこびりついた不安が消えないのです。大学に行けば「クラスや学部の人間に気持ち悪がられているのではないか」という不安が、オフ会に行けば「こんな下手な歌でよくこの界隈に顔出せたな、と思われているのではないか」という不安が。どこに行っても逃げられない不安が怖くて、私はどんどん消極的な人間になっていきました。自分の居場所は、居候先の祖父母が提供してくれた四畳半の部屋を埋め尽くすベッドの中だけでした。

それでも授業がある日は大学に行かなければならないし、大学に行かなければ留年して家族に迷惑を掛けてしまう。留年だけはしてはいけない、という義務感だけで私は4年間大学に通い続けました。サークルらしいサークルにも特に属さず、熱中できる事がある訳でもなく、ただ不安から逃げるためだけに生きた、虚無の4年間でした。

 

一方で、不安とは別に「こんな風に10代20代の月日を浪費する自分が許せない」という、何か実のある事をしなければならないという焦燥感が出てきたのも大学生の頃でした。人に認められたいからなのか、自分の鬱屈とした思いを何かで表現して他人に見てもらいたかったのか、単に自己嫌悪が生み出した思いだったのか、原因は今でもわかっていません。ただその焦燥感は自分でもコントロールできないほど大きくなっており、今もむくむくと膨らみ続けています。

 

そんな思いを抱えながら、2014年に私は社会人になりました。初めての責任を伴う仕事、初めての一人暮らし、初めての関西を離れての生活。当時まだ自分がADHDであることを自覚していなかった私は、とにもかくにも仕事ができなくて毎日のようにこの世の終わりレベルで落ち込んでいました。覚えなきゃならないことが多すぎて、仕事をする前提知識を頭に入れている間にやらなきゃいけないタスクが頭から抜け落ちて。タスクなんかはすぐに忘れてしまうのに、怒られたという記憶やその時の先輩から言われた言葉なんかはいつまでも頭の中をぐるぐると離れなくて。「何か実のあることをしたい」という気持ちなんかどこかに消え去ってしまうほど、圧倒的な劣等感や無力感や自己嫌悪に苛まれる毎日でした。

そして仕事の忙しさとADHD特性のダブルパンチで、ヤバイほどに生活が荒んだ。研修期間中はまだ気楽な座学だったので晩御飯もお弁当もちゃんと作ってたけど、本配属が決まって業務が降ってきた瞬間もう何もかもダメ!月~金の晩飯は「ラーメンラーメン居酒屋ラーメン居酒屋」がデフォルトでした。

さらにどこで覚えたのか(多分先輩女性社員を見て覚えた)「労働力として給料分の働きができないなら、その分は業務後の社内キャバ嬢として稼がないといけない」という謎の強迫観念にかられ、上司や先輩に誘われた飲み会は絶対に断らない、勧められた酒は絶対に断らないという2原則を守った結果更に色々とダメに。飲み会のたび記憶と引き換えに知らんおっさんのラインIDとか手に入れてんの。死ぬほどいらねえ…これ返すから記憶返してくれ…。

多分社会人2年目ぐらいが一番生活が荒んでた頃だと思います。任される仕事量もだんだん増えて来て(できるとは言ってない)、毎月50時間ぐらい残業、そして飲み会。よくネタで「こないだ数カ月ぶりに流し台洗ったんですけど、皿を放置しすぎて汚れがどう頑張っても落ちなかったので捨てました。再発防止策としていまは紙皿使ってますハハハ」みたいな話をしていましたが、全然笑えねえよ。家帰るたび家の汚さで死にたくなって、無理やり死にたい思考を止めるためにとりあえず酒飲んで寝るみたいな生活してた結果の数ヵ月放置です。

 

いつの間にか話が私の生活終わってる自慢になってしまっていた…

兎にも角にも、私は「他人への不安」と「自分への焦燥感」という二つのやりきれない思いを消化することができないまま、仕事の忙しさや自分のクズライフへの更なる嫌悪感で気持ちを麻痺させ続けていたのです。

 

そしてその気持ちは、3年目の春、自分がADHDであると診断を受け、投薬治療を始めた頃にひょっこりと戻ってきました。オッ不安じゃないか~!焦燥感まで~!お前らこんなところにいたのか~!ハハハ!じゃねえよばかやろう。おそらく、薬の効果で仕事が少しずつできるようになり、仕事以外に目を向ける余裕ができたためだと思われます。しかしそれも束の間、そこから約1年はモラハラおじさん(元彼)に怒られないように全神経を注いで生きていくことになり、結局自分の根っこにある気持ちと向き合うことはできないままでした。

 

そんでもって、今に至る。(雑)

モラハラおじさんと別れてもう半年以上が経ちました。フラッシュバックも大分マシになり、「昔の恐怖を思い出して身体に変調を来す」ということは殆どなくなりました。彼が私に置き土産としてくれたのは、「精神的ストレスが体調に顕著に現れる」という厄介な体質だけでした。

これまではどれだけ死にたくても不安でも眠れない夜が続いても仕事がつらくても、会社に行けないレベルで体調が悪くなることはありませんでした。せいぜいうんこがめっちゃ固くなるぐらいでした。(きたねえ)ただ1年以上の理不尽な恫喝だったり叱咤だったり私生活を管理されてるあの感じだったり、彼がやったことは完全に私の自律神経をボッロボロにしてしまったようで。ちょっとしたことでも胸から手足にかけて痺れるような痛みに襲われたり、目眩や耳鳴りで立てなくなったりと、ストレスが過剰に身体に反映する体質になってしまったのです。私の交感神経と副交感神経、有刺鉄線みたいな形になってるんじゃねえかと勝手に思ってる。

 

会社の先輩とか、第三者から見れば「モラハラおじさんと別れられたし、仕事もできるようになってるし、もう問題の種は無いからあとは出来る範囲で仕事をしながら身体が良くなるのを待てばいいよね!よかった!」という感じだとは思うのですが、ところがどっこい私の中にはまだまだ問題が山積みでして。仕事できねーとかおじさん怖いとかの隅に隠れてたけど、消えることなく今も私の中でその炎を燃やしてるわけでして。

そうなのです、自分の中に根強く存在する「不安」と「焦燥感」が私の有刺鉄線状の自律神経にぶっ刺さりまくって、今でも体調がまったく良くなる兆しがござーせん。

しかも厄介なことに最近はまた「超高難易度の仕事」という新たなストレス源が降ってきまして。ぷよぷよだったらコントローラー投げちゃうレベル。

 

どうすりゃいいんだ

で!この八方塞がりかけの状況の中で。不安や焦燥感といった私の根っこに存在する負の感情と、それにビンカンに反応しちゃういけないカラダ、そのどっちか片方でもまずはどうにかしないといけないと思ったのです。そしてそれには休職という行為が必要だとも。

 

感情のほうは、根気強く自分の考え方を変える習慣を付けていったり、場合によってはその原因になってるスキーマみたいなものにつっ込んでいく必要があると思うのですが、如何せん仕事を最優先事項に置いていると気がつけばおろそかになってしまうのですよ。仕事でうまくいかないと無意識によくない考え方をしてしまったりするし、自分の思考や行動を振り返る時間も取れないし。

体調は体調のほうで、仕事をしてると回復のためのいろんな要件(ご飯を3食食べるだとか、決まった時間に寝て起きるとか、陽の光を浴びるとか、運動するとか)を満たせるだけの時間的余裕がまったく取れないのです。特に私は要領が悪くて、普通の人だったら1日あれば出来るだろ~みたいな簡単な家事に何日も掛けたりしてしまうので。

どちらにせよ、仕事と療養の両立というのが難しくて、これを放置したままごまかしごまかし生き続けていると、もっと歳を取った時に凄いしわ寄せが来るんじゃないかと怖くなったのです。具体的には結婚して子供が生まれた時とかね。

 

よくある「仕事のために身を削った結果限界がきた」とかの理由じゃなくてすみません。今の会社や仕事自体がめちゃくちゃつらいわけでも、もう1日も働けないほどつらいというわけでもなくてすみません。それでも、ごまかしごまかしやってきた結果が今なのであれば、もうこれ以上自分をごまかし続けると取り返しがつかなくなると思うのです。耐えて耐えて、苦しいまま人生を終えるのはイヤなんです。

とりあえず今日は普通に体調不良として有休を使っているだけなので、明日以降どうするかは上司と相談しようと思います。

 

不安と焦燥感については他にも書きたいことがあったのだけど、気付いたらこれだけで5000文字超えてしまったので一旦やめぴ!長文失礼しました、読んでくれてありがとうございました。弱い人間でごめんなさい。

「2017年やりたいこと・やりたくないことリスト」の振り返り

2017年やりたいこと・やりたくないことリスト - 終夜灯ブライトブライト'

 

2018年のやりたい事をメモしようかと思ったのですが、今は亡き課長(1/1付異動)の「何事も振り返って次に生かすことが大事」という口癖を思い出したので、まず2017年を振り返っとこうと思います。

ちなみに変わり身の早さに定評のある葉っぱ氏は新課長と初日にしてLINEを交換していました。グループでの業務連絡用です!!!!

 

以下、振り返り(○△×)と一言コメント

☆やりたい☆

音楽に楽しく没頭する時間を増やす

△いろんなアーティストの曲を聴く

音楽を聴いてる時間は増えたし、音楽を聴いて素直にいろんな事を感じられるようになったとは思いますが、あまり新規開拓はせず狭く深くという感じでした。

去年に比べてよく聴くようになったのは、クリープハイプぐらいかなあ。


○バンド活動(ベース)の本格再開

念願のライブができた!!!!本当によかった!!!!!!

あとこないだ活動休止してたアニソンバンドを再開したのですが、昔やってた曲でも昔より指がちゃんと動くようになってて地味に嬉しかったです。細々とでも続けてる意味はあったんだな〜。2018年はもっとがんばりたい。


×キーボードの練習

上半期は、死にたくなった時はピアノ弾いて気を紛らわしてたんですけど。人生が楽しくなった瞬間にやめちまったな。同じく死にたくなった時のルーチンだった「スーパーの袋をめっちゃ綺麗に畳む」は今もバリバリ続いてんのにな。

 

創作

△軽いお絵描き

たまに思い出したかのように描いてましたが習慣には至らず…線を綺麗に描くことと、体の構造を理解することはやりたいんですけど。


×短い作品(漫画か小説)を1本でも生み出す

dropbox見たらけっこうな長編小説の下書きがありました。お嬢様育ちのJDとガチオタが究極のメイド喫茶を作ろうと奮闘する話でした。そっと削除しました。


自己管理・私生活の改善

×自分マニュアルの作成

ちょっとこれ作った当時は本当に切羽詰まってて、マニュアルでも作って自分を制御しなければ死ぬとマジで思ってたんや。許してくれ。


△掃除(4S)

×にしようかと思ったんですけど、スーパーの袋だけはめっちゃ綺麗に畳んでいたので△です。


△貯金

毎月一定額は貯金してたけど引越しでけっこう吹き飛んだ、、かもしれない(収支管理がまじでブラックボックス化してるので何がどうなって今の残高なのか全く把握してない)

とりあえず口座に金があるので△です。


自分磨き(外面)

○老化への抵抗

元彼と別れたら肌年齢が5歳若返った。

 

○平日/休日ファッションの差別化

休日はオタサーの姫かサブカルクソ野郎みたいな格好をしています。年甲斐のない格好たのしいです。平日はもはや服装に無頓着すぎて「服は着ている」ぐらいの言葉でしか形容できない。


自分磨き(内面)

○読書

今まで笑えるぐらい活字ダメだったんですが(5分で寝る)、ADHDの薬を飲み始めてから本が読めるようになったのが嬉しくて結構読んでました。

1番面白かったのはこれです。読んで得られるものが明確だからなのか、フィクションよりエッセイ、エッセイより実用書が好きらしい。

 

売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門

売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門

 

△アサーティブコミュニケーションの習得

素直に気持ちを言えるようにはなった…DESC法?だかなんだかのテクニカルな話は覚えたものの全く実践できてる気はしねえ。


×スキーマ療法の実践

自分が感じているものの中で言語化できている領域がめちゃくちゃ少ないことに気付いてしまったので、論理的に自分の内面を紐解いていくスキーマ療法はあまり向いていないのではないかと思った。頭ではわかってるんだよ頭では。


×前向きな考え方の定着・仕組み化

ちょっとこれ作った当時は以下略

でも昔より少しだけポジティブになりました。


仕事

△社内外での信頼獲得

目標に掲げたものの、実際のところ自分が他人にどう思われてるかはあまり気にせず仕事していた…課長(故)とは親愛度MAXレベルの信頼を築けたので良しとします。親愛度がMAXまで上がると課長は家まで晩飯を持ってきてくれることを学んだ。


○現プロジェクトでの早期戦力化・主力化

これはもう頼むから○だと信じさせてくれ頼む〜〜!!!

会社の為になっているか否かは今のところ分かりませんが、少なくとも「(今の担当業務)のことは葉っぱが1番知ってる」と関係者全員に知らしめることができたのは個人的には大きな成果だと思います。


△むかつく先輩を泣かす

別に私が泣かせたわけじゃねーけどなんか気付いたら泣いてた。


その他

○引っ越し

これ実現したの(しかも当初思ってたのの10倍いい形で)地味にすごくないですか?褒めてください。


×やりたくない×


×何も生まない衝突や口論

ダメだと分かっててもついやっちゃう。

 

△必要のない人間関係の維持

飲み会の頻度は死ぬほど減りました。しかし必要か必要じゃないかみたいな打算的な人付き合い自体どうなのと思ったのでまずこれは目標の設定の仕方が△だな。


×というか、人付き合い全般

これもそもそもの目標がダメじゃい。最低限の人付き合いはしましょう。


△時間とお金の無駄遣い

だらだらごろごろして時間の無駄遣いをしてしまう自分も嫌だし、逆に非生産的・受動的な行動(テレビ見たりとか)に抵抗がありすぎる自分も少し嫌。楽器弾いたりとかの実になる行為かダラダラかという、100か0の行動パターンになりがちなので直したい。


○残業

総残業時間、去年の3分の1ぐらいに納まった。


×料理

やれよ。


×細かい仕事、作業

やれよ。


△物事の先伸ばし

ちょっっっとだけマシになった気はするんだけどまだまだ理想の自分には程遠いところ。


△…による、ネガティブ思考のスパイラル

だいぶ波があって、ダメな時は未だにベッドから出られなくなるのだけど、ダメゾーンに入る頻度は下がりました。


×お金のことを考えながら生きること

考えろよ。

 

○人生の重大な決断(転職とか結婚とか)

上半期はマジで「結婚or転職or自殺」ぐらいの三択しか目の前になかったんですけど、何とか乗り切ってヤバい時期から脱することができたので良かったです本当に。

 

総評

意外と達成できてて自分でもびっくりしました。やりたくないことの意識が低すぎて今振り返ると目標自体にバツを付けまくってるのは置いておいて…

というのもこれ、前の恋人と付き合ってて境遇も精神も私の人生史上最もヤバかった時期(2017上半期)に立ててるもので。

あの時血ヘドを吐きながら「今はもう生きるという目標すらままならないけど、もし元気になっていろんなことが上手くいったら、こんな風に暮らしたい…」と切実に願っていたことをたくさん叶えられて感無量です。

あとどんだけ死にそうでも、自分にとって大事な「音楽」と「仕事」という2本柱を捨てずにいられた事に、個人的にはよくやったと言いたい。よくあの状況でピアノ弾いてたし、よくあの状況で役員とガチンコバトルして企画通したなと…

半分ぐらいは自分の意志の強さ、そしてもう半分は周りの人達に恵まれていたお陰だと思います。ありがたいことです。

少しの自信だったり、大事な人との信頼関係だったり、音楽が好きだという気持ちだったり、いろんなものを築いたり気付いたりできた貴重な1年だったと思います。

ただもう同じ経験は絶対にしたくないです。パトカーも救急車ももう乗りたくない

2018年の目標は「自己肯定」かなあ

毎年目標に、健康になるだとか音楽のスキルアップとか仕事に役立つ知識の習得とか、いろんなことを掲げ続けてきたものの、根本的に自分のことが嫌いな限りどれだけ知識や能力を磨いても「私みたいな人間が世間に必要とされるわけがない、愛されるわけがない」という気持ちが拭えなくて、それが自分を苦しめ続けてきてるということにやっと気付き始めました。人間歴26年目にしてようやくの気付き。
なので今年の目標は「自分を好きになること」とツイッターにも書いたものの、頭で「自分のこと好き!!!」って言い聞かせてみても全然気持ちがついてこないというか、うまく言えないですけどむちゃくちゃ難しいですねこれ。
そもそも自分の全部が全部嫌いというわけでもなく、むしろ人に好かれたり必要とされるために外見から学歴から仕事のスキルや知識から振る舞い方から、色んなものを自分なりに磨いてきたという自覚はあり、それはそれで自分の好きなところになってる気はするんですよね。仕事なんかはある程度自信も付いてき始めたし。
それでもやっぱり自分が好きか嫌いかというとなかなか胸を張って好きだとは言えなくて、じゃあ仕事面とかが好きだとしたら嫌いなところはどこなの?と聞かれたらうまく答えられなくて、まあこういう面倒くさいことを考えたり身近な人にうだうだ言ってしまったりする所とかは勿論嫌いなんですけど、何が自分のことをこんなに嫌いにさせているかという決定的な原因は分からないです。めちゃくちゃめんどくさいですね。
これまでは周りの人に恵まれてきたこともあり、自己肯定という行為をその当時の恋人とか身近な人に代わりにしてもらってきたのですが、それを相手がいつまで許容できるかも分からないし、他人からの肯定や承認だけではお腹いっぱいになれないということもやっと分かってきたし、他人からの承認欲求のために身近な人を困らせたり傷つけたり自分も傷ついたりということがアホらしくなってきたので、今年はこの厄介な「自分を嫌いな自分」を、地道に少しずついてもたろかと思います。
今まで迷惑を掛けてきた人や、そんな私のことを見捨てず見守ってくれた人には本当に申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいなのですが、それを口にする前に早く新しい自分を見せて、色んな人と健全な人間関係を築いていけたらいいなあ。
26年間溜め込んできた自分のことが嫌いな気持ちを消し去るのはなかなか簡単ではないと思うし、その途中でまた誰かに迷惑を掛けてしまうかもしれないけど、途中でへこたれないで、例え1年で実感がわかなくても、自分のことを好きになるまで諦めないように頑張ります。

恥ずかしいですけど、所信表明です。今年もよろしくお願いいたします。
2018年1月1日 ハヅキカオル/葉っぱ

無題

ありのままの自分が愛されているという可能性を信じるには、少し自信が足りない

無題

新しい家までの帰路は街灯りも疎らで、毎日のように上を向いて星を眺めながら歩いている。オリオン座ぐらいしか知らなくても、暗がりの中の小さな光を見つけるのが楽しい。さっきまでは何もない暗闇だったはずの空間に、目が慣れてくるにつれてぼんやりと浮かび上がる小さな白い点は、こうしてじっと夜空を見上げなければ得られなかったのだと思うと、平凡な帰り道にささやかな報酬を得られたような気持ちがして、誰に話すことでもないけれど少し誇らしい気分になる。

 

星を見ていると否が応でもそれ以外の光も視界に入ってくる。人工的な明滅は、化学繊維に火を点けた時のように光と音を立てながら、胸の中でジリジリと記憶を燃やしていく。ベランダから星を見た日。ゴンドラ坂を上りながら、はるか高くを見上げた日。「あれは飛行機の灯りだ」と諭されるたびに、期待を裏切られた落胆と決まりの悪さを感じ、だんだん下ばかり見るようになったこと。過去につられてうな垂れかけた首を慌てて上げると、黒い煙の向こうに、幾分か記憶に新しい情景が見えた。息が苦しいのは機内の空気が薄いせいか。胸が痛いのは気圧が急激に変化しているからか。

私が見ているのはもうずっと前の星の瞬きで、本当はもう存在しないものだって沢山あるということ、理解はしているつもりでいる。
気が付けば飛行機は視界をとうに通り過ぎていた。