終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

2017年10月21日 syrup16g copy発売16周年ツアー「十六夜」@名古屋ダイアモンドホール

おそらく1年ぶりのライブハウスでのプロのライブ、そんでもって10年ぶりぐらいのsyrupでした。長文でライブの感想を書くという行為も多分1年以上ぶりなので、何から書き始めたらいいやらさっぱりですが、とりあえずあの空間であの数時間で感じたことを一つでも言葉に 残しておきたくてiPadを開いてみた。スマホよりも長い文章が書きやすく、かつパソコンよりも気楽に開けるのでiPadはよいですね。気軽に書き始めた文章なので、Twitterに書くような気軽な感じで書き続けてみようと思います。

 

整理番号400番台後半で、まあやや後ろの方でまったり見られればいいかなあと思っていたのですが行ってみたらまさかのソールドアウトでおったまげた。余裕ぶっこいてダラダラしてから行ったら整理番号800番台とかが呼ばれてたよう。聞くにこの愛知公演がツアー唯一の土曜日公演らしいです。そりゃソールドするか。
そしてお客さんの層がおおよそ自分たちと同年代〜少し歳上ぐらいで謎の親近感というか安心感を覚えた。みんなずっとシロップが好きなんだなあ。

そんな大の大人たちがぎゅうぎゅうに集まった中鳴り響くshe was beautifulのイントロと、「いつまでも子供のままで あの時の笑顔をずっと忘れないで」と歌う五十…全然見えねええええええええ(結局グッズ買ったりうんこしたりしてたらほぼ最後列だった)。こんなとき152センチの自分が憎いです。中畑さんの髪がなんとなく見れたぐらいかな…

仕方ないのでダイアモンドホールのダイアモンド型の照明を観ながらぼんやりとshe was beautifulと無効の日を聴いて、ああ五十嵐はアラフォーになっても変わらずいい声してるなあとか思ってた矢先のsonic disorder。もう最近涙腺がイカれちまっているというか懐かしい曲を聴くとブワワワワワーーーって涙が出るのですが、その中でもsyrupの涙腺への刺激はやはり段違いでした。特にこの曲はdelaydeadの中でもかなり好きでイントロから懐かしくて既にやばかったのに、あれから10年経ってがきんちょながらもいろんなことを経験してきた今になって聴くと歌詞に対する感情移入がなんだかすごい。歌詞全体で伝えたいことも、どんな意図で五十嵐が言葉を選んでいるかも分かってなんかいないくせに、耳に入る言葉ひとつひとつが生々しくて苦しかった。

 

「君の胸で抱かれたなら 少しは安らかに眠れるかな 人は独り 逃れようもなく だから先生 クスリをもっとくれよ」
流石、空前絶後超絶怒涛のメンヘラシンガー。デパスロラメットソラナックス、全ての向精神薬の生みの親。一文節ずつ読んでも泣く。

 

恋愛感情、ひいては他人に焦がれる気持ちを歌詞にするメンヘラには2種類いると思っている。1つめは恋愛感情をこじらせすぎて精神衛生にも影響を及ぼしてしまうタイプ、2つめはもともと生きづらさに苦しんでいた人が恋をしてしまったタイプ。たぶんおそらくここで書かれているのは後者のタイプのメンヘラから見た景色だと思います。超わかる……好きな人のそばで安心したい、それ以上のことは何も望んでないのに根本的な自己否定が拭えなくてその相手に対しては信用も安心もできなくて結局は病院や薬に救いを求めちゃうよね……わかる……と思ってしまう。萌え語りするときの腐女子みたいな食いぎみな感じで共感してしまう。そんでもって周りの聴いてる人たちも同じような気持ちを抱えてsyrupの歌詞に共感してここにいる人たちだと思うとその人たちへの謎のシンパシーもヤバい。なんだここはメンヘラ板のオフ会か。

 

前半は個人的にヤバい曲が多かったです。サイケデリック後遺症と(I can't) change the worldが特にヤバい。(語彙力…)

 

「子供に還る 君が微笑む 君が欲しいとせがむ」
「広い普通の 心をくれないか」

 

斜に構えた態度の裏に隠れている、切実で惨めな願いと、それを引き立てる曲の構成もまた更に涙腺に悪い。ひとつひとつの言葉が耳を通って胸を抉ってくる感じがして、ずっとメソメソしてました。

復活後の曲をあまり聴いてなかったので後半の印象はやや薄いのですが、アップテンポな曲たちがカッコよかったで。drawn the light(だったかな?)の前に中畑さんがMCからのメンバー紹介をしてたのですが、「ギターボーカル、がっちゃん!!!」→間髪入れずdrawn the lightの前奏が始まったのがめっちゃカッコよかったのであれ是非自分たちでも真似したい。

落堕は何度も映像で見てきたので初めて生で聴けて感動しました。寝不足だって言ってんの!!ギャー!!!

 

あと普段聴く音楽に、あまりsyrupみたいにシンプルな楽器構成のバンドがいないので(どちらかと言うと複雑緻密が売りなバンドが多い)歌うベースが新鮮だなあと思ったりもしました。楽曲としてどちらが好きかは置いといて、プレイヤーとしてはベーシストもギタリストも山谷や緩急のあるフレーズをこざかしく(褒め言葉)奏でてる方が好きです。キタダさんのベースかっこいいなあ。

 

そしてcoup d'Étatから空をなくすの流れがやはり最高でした。リアルか空をなくすの二択だというのは聞いてたので、ダブルアンコの合間に空をなくす来い…空をなくす来い…って思いながら手を叩いてた甲斐があった。

うまく伝えられないですが、控えめに申し上げて最高でした。ほっっっとんど見えなかったものの、チラッと見えた瞬間と一緒に見にいった友達からのタレコミから察するに五十嵐も変な動きしたり楽しそうだったようで何より。
観客の層や客席の空気も含めて、青春時代にタイムスリップしたような感覚を覚えましたが、これをきっかけにsyrupを「青春時代の思い出」ではなく「昔も今も共感できるかっこいいバンド」として見られたらいいなあと思いました。新しい音源聴こうっと。

 

 

 

 

<以下チラ裏>
syrupを聴いていた中高生の頃は、兎にも角にも頭がいい大人として扱われたくて、「この曲はこう読み取ってこんな感想を抱かなきゃ」と思いながら聴いていた記憶がある。曲を聞いたり歌詞を読んだ時の感情や感想を、かくあるべきという思考で押さえつけてコントロールして、音楽を語る私が他人の目からどう映るかということばかり気にしていた。中学生の思考なんてたかが知れたもので、すぐに感情が思考の手の届かないところに行ってしまったけど、こう感じるべきだという枠から外れた感情は私の中で「なかったこと」になり、理解されることも言語化されることもなく通り過ぎていった。
そのしわ寄せが大人になって来ていると最近特に感じる。音楽をはじめとする芸術作品に対する感性が鈍いのも問題だけど、1番厄介なのは自分で自分の感情をコントロールできないところ、、
感情は私の予想の範疇を超えて自由に走り回る狂犬みたいなもので、思考というリードで押さえつけて飼い慣らそうとしてもうまくいかないし傷つくばかりなので、これからはいかに感情を自覚して言葉にするか、狂犬の行く先に一緒に着いていけるかを考えて生きなければならない。ダイアモンド型の照明を眺めながら、相変わらずライブ中も後悔だったり同情だったり高揚だったり好奇心だったりと色々なところを行ったり来たりする感情を追いかけているときにふとそんなことを思ったりもしました。
これからどんどん感じたことに素直になって、恥ずかしがらずにそれを表現できればいいな…(と思いながらも過去のブログ記事が恥ずかしすぎてこの記事の公開前に大量に削除したのですが)