終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

復職に踏み切れない

最近、睡眠薬を飲んでも眠れない日が増えた。

とは言っても前より病状が悪化しているというわけではなく、薬を変えたことが原因だ。少し前は眠れない時間が本当に苦痛だったのでかなり強めの薬で無理やりにでも眠っていたのだけど、副作用の目眩が辛すぎる上にそもそも飲んでいたのが睡眠薬ではなくセクロエルという抗精神病薬(もともとは統合失調症の治療に使われるものだが鬱や気分変調症にも効くらしい)だったので、あまり毎日睡眠薬として飲むもんじゃないなと思いその薬の処方を止めてもらったのだ。眠れなくなった時間は、割り切って絵を描いたりこうやって考え事をする時間にしており、眠くなったら寝ている。

生活リズム的には推奨されないのだろうけど、少なくとも私の精神衛生的には悪い習慣じゃないと思われるので、しばらくはそんな感じで過ごしていこうかなーと。懸念点があるとすれば絵とかを描いてても入眠直前は半分ウトウトしながら作業してるせいで朝起きて夜中の作品を見たら割とクソだったりすることです。ひどい時は昨晩の自分が絵を描いてたことすら忘れてたりする。

 

そんな、はたから見れば自堕落とも言えそうな暮らしをしている一方で、先日会社の保健師産業医と復職準備についての面談をしてきた。

復職していきなり仕事だと生活の変化が激しすぎてまた体を崩してしまう可能性が高いから、まずは業務時間に相当する時間は活動的なこと(読書とか)をして体を慣らしていく期間を2週間ほど設けるんだそうで。加えてその期間中に、今回の休職を経て知った自分の特性を踏まえ、今後の再発防止策を自分で考えるという宿題も貰った。

しかし数ヶ月の内面の葛藤やら服薬治療やら悠々自適のニートライフやらを経たこのタイミングで言うかって感じだが、マジで復職できる自信がない。そんなわけで、自分の頭を整理するためにいま考えていることを書いてみようと思う。

 

◆懸念点1 社会復帰プログラムへの抵抗感

これ個人的にはあんまり要らないんちゃうんかと思うんですよね。会社で時短勤務するとかならまだしも、早寝早起きして定時の間は机で大人しくしている…ぐらいなら別にいきなりでも出来るというか、「出社しろ」ぐらいの強制力がないと早寝早起きなんか出来る気がしないので、難易度的には「社会復帰プログラム>>>>>復職」と言う感覚。

自分的には復職よりもハードルが高いことを求められている上に、それが復職の絶対条件として出来ているかをチェックされるので、必要以上に「ちゃんとしなきゃ、なんで私はちゃんと生活できないんだ」というプレッシャーや自己嫌悪が生まれている気がする。社会復帰プログラムが始まる前は割と活動的だったのに、プログラムが始まってから3日ぐらいは不安と自己嫌悪でベッドから出られなくなった。

生活記録を紙で提出するだけなんだから別にでっちあげれば良くね?とも思うが、それをでっち上げる事が少なくとも自分にとって良いことだと思えるまでの自信もなく、「超頑張って理想の生活リズムを実現するのは難しい」と「表向きだけでも正しい生活リズムを装うのは罪悪感がある」という2つの思考の間で葛藤しており、結局生活記録の紙は自分の中で無かったことになっている。

2つの思考のうち実現可能なのは後者だと思うが、自信を持って自分のために自分を偽れるだけの強さを手に入れるまでもまだ少しだけ時間がかかりそうで、結局しばらくは問題から目をそらして平穏に生きることしかできないようだ。好ましくないのは承知だけど、今の自分にとってはそれが最適解であり仕方ないことなのだろうと思うようにしている。

 

◆懸念点2 復職後も自分らしくいられるかという不安

これが割と今の悩みの中でも大きい。今、細々とした悩みやトラブルはあるものの「人生が楽しいな〜」と思える瞬間が確かにあって、それは自分がやりたい事をちゃんと自分で把握したうえで、それを実行できているからだと思う。同じことをしていたとしても、自分が本当に何がしたいのかわからないまま行う活動は、楽しさよりも焦りや不安のほうが勝ってしまうのだ。だから今は、やりたい事ができる時間があることもだが、それ以上に「やりたい事が自分でわかる状態」までメンタルを回復に持っていくことができたことに感謝している。

だから復職後は、自分らしく生きていけるかが分からず怖いのだ。やりたい事をやる時間がなくなるからではなく、また「やりたい事がわからない自分」に戻ってしまうのではないかと思うから。

私がやりたい事がわからない人間だった時期は思い返してみると本当に長く、基本的に人生の重大な決断はすべて周りの大人が期待する答えを出してきた。中学受験しかり、大学受験しかり、就職しかり。

他人の顔色を窺う癖はあらゆる場面で発動し、本来なら自分のやりたいことを選ぶべき趣味や友人関係の場でも、人の期待を裏切ってはならない、人にがっかりされてはならないという思いを根底において行動や価値判断を行ってきた。音楽は好きだったが、前も書いたように自分の好きなように音楽を聴く事ができず、「この曲を聴いてこういう感想を持たなければならない」という思考が常にあった。

四六時中他人の目を気にし続けた私には、人の顔色を窺う機能が標準装備されてしまったようで。その機能をオフにして、自分のゆりたいことを大切にすることは、最近になってやっと出来始めたものの意識していないとまだまだ難しい。

いまの私には、本当にやりたい事がある。浅く広くいろんな楽器を弾けるようになって、いろんな人と音楽をやりたい。今まで疎かにしていた家事をちゃんと習慣にして、自分と大事な人が快適に暮らせる環境を保ちたい。誰かを笑顔にする仕事に就くために、心理学や福祉の勉強をしたい。必要であれば大学に入り直したい。

そういった私の本当にやりたいことが、会社に戻ると途端に消えてしまうのではないかというのが本当に心配なのだ。今まで他人からの期待や要求を押しのけて自分の主張を通すことをあまりしてこなかったので、気が付かないうちに目の前の仕事を大事にして自分のやりたい事を疎かにしてしまわないか。仕事を始めたらまた新しくやりたいことが出来たり変わったりするかもしれないけど、その変化は「他人によって変えられた」ものではなく「自分の意志で考えを変えた」でなければいけない。懸念点1の後半とも被るが、今の自分には、そのレベルまで自分を強く持てる自信がマジでないのだ。風が吹けば意志が折れる。

 

◆なんでこんなに自信が持てないのか

最近気づいたんですが、自分の困ったところは、他人の望むような行動をするだけじゃなく、他人の望むような人格になりきってしまうこと。自分があまりにもなさすぎて、思想や価値観すら他人の介入で簡単に変わってしまうことがよくある。

例えば仕事なんかは最も分かりやすくて、4年間働いてた部署の「多少私生活を犠牲にしてでも求められる成果を出すことが社会人としての責任であり存在意義だ」みたいな価値観に完全に染まっており、自分が残業して仕事をやるだけに飽き足らず、周りのメンバーに「これでいいのか」的な意識高い系問題提起をしばしば起こしたり、大きな企画を自分でぶち上げたりしていた。今思うと完全にcrazy社畜styleだし周りの先輩にも「早く帰らせろよ…」と思われていたと思う。メンゴ。

あとはモラハラおじさんの件も、当時の日記読み返したら「喧嘩やトラブルも多いけど知れば知るほど好きになる」「結婚して家族になればお互い安定するだろうからはやく結婚したい」とか書いてて、こいつは頭おかしいんじゃないかとマジで思ったんですけど。あらゆる逃げ場を奪われて、もう現状をポジティブに受け入れておじさんの望み通りの自分になるしかないと思ってたらしい。今思い返してもあの状況でそんな日記書くの頭おかしすぎてマジで震えるわ。

 

そんな感じで、復職後も自分らしく生きていく為にはまだもう少し強さが足りないんじゃないかなーと思い、復職に踏み切れずにいる次第です。私の前の仕事をぜんぜん知らない他部署ならまだ少しはやりやすいのかもしれないけど、その交渉も今の所難航しており、その先行き見えない感じがまたメンタルの不調に繋がっている感じです。ぐぬぬ

というか「異動の話の進みが悪い」とかでベッドから出られなくなる人間、まだ復職可能な状態じゃないのでは…?(今気づいた)

 

休職期間が半年を超えるといよいよもってやべえ気がするので、最近特に早く復職したくて焦ってたんですが、社会復帰プログラムが始まってからのここ数日の自分の様子を見るに、あんまりはやく復職するのも良くないっぽいので、もうしばらくニートしてます。すみませんへへ…

とは言っても好きなことをしてる限りは概ね元気なので、自分のできる範囲で勉強とかの自分を律する行為も始めていかねばなーとは思います。とりあえず最近は読書を沢山している。