終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

響くようで響かない少し響く!ユーフォニアム

まえおき

こういうツイートを上げたところ、最初に貰ったお題が「吹奏楽」でした。(いくさんありがとう!)

私は小学校4年~中学校3年の6年間、吹奏楽部でユーフォを吹いてました。自分ではぜんぜんやる気なかったと今まで思っていたのですが、響け!ユーフォニアムを見て色々な記憶が蘇るにつれ、当時は当時でいろいろなことを思いながら自分なりに頑張っていたな、と思えるようになってきました。そんな感じで、当時の経験や、音楽への思いが少しでも伝わればいいなと思いながら書いてみます。

 

ユーフォとわたしの6年間

私がユーフォを吹き始めたのは、小学校4年の時でした。うちの小学校は小4からクラブ(陸上とか、金管バンドとか)に入れて、元々音楽が好きだった私は4年生になると同時に金管バンドに入部しました。

入部するとすぐにひとつの教室に集められて、ひとり1つコルネット(トランペットをちんちくりんにしたような楽器)を配られて、顧問の指導のもと音を出させてもらいました。全員が未経験の小学生なので、まずは軽くて扱いやすいコルネットで音を出す感覚を掴もうという主旨でした。

そこで私が直面したのは「唇が分厚すぎてコルネット用のマウスピースに口が入らない」という圧倒的事実…

仕方なく私だけ、大きいマウスピースのユーフォを借りて試奏をしたのが、私とユーフォの出会いでした。第一印象、「唇が大きい人がしゃーなしでやる楽器」。印象が悪すぎる。

 

小学校のときは、コンクールで金賞を獲ったり、駅ビルで演奏したり、大きな演奏会に出してもらったり、定期演奏会を開いたり、合宿したり、まあいろいろやりました。ですが正直、ユーフォのことはあまり好きになれませんでした。目立たないし、メロディーあんまり吹かせてもらえないし、吹奏楽やってない人に楽器の名前言っても「は?」って言われるし、重いし。マーチングもやった事あるんですが、小柄&貧弱な私にはユーフォを持ったまま歩き続けることができず、私だけチューバ用のストラップをユーフォに付けて事なきを得ました。あと人数が足りなくてチューバもちょっとだけやったんですが、「楽器の運搬がひとりで出来ない」という理由ですぐクビになりました。

 

中学校に入った時も、私はユーフォを選びませんでした。創設1年目の吹奏楽部で、10人ちょいの部員で、私が唯一の楽器経験者。唇は相変わらず分厚いままでしたが、3年も楽器をやってるとマウスピースに合わせて口の形を調整するぐらいはお手の物だったので、このアドバンテージを活かしてトランペットの座をもぎ取ってやる…という思いで楽器体験に挑みました。が、普通に「ユーフォ経験者ならユーフォやれや」という顧問の一声でユーフォに回されました。

結局ユーフォかよ…と半分やさぐれていた私がやる気になったのは、そのメンバーで最初に合奏をした時でした。「ロマネスク」という小編成向けの、スローテンポで短い曲。楽譜に書いてあることはペロッと吹けるようになった私は、「3年間やったっつっても、所詮は小学校のクラブ活動。これぐらい本気出せば誰でもすぐにできるようになる」と思っていました。そんな中自分たちが奏でたのは、チューニングはバラバラで、強弱がなく平坦で、リードミスや音外しばかりの演奏。それまで自分の周りの人たちが、どれだけ上手だったかを思い知りました。そしてそれは同時に、私自身が積み重ねてきた3年間に意味を与えてくれました。

このメンバーで、演奏を形にしたい。そのためには自分がやりたい楽器よりも、一番自分の強みを発揮できる楽器を吹こう。一番自分が存在価値を発揮できる位置にいよう。そう思えてから、自分の出す音に責任を持つようになりました。副部長に立候補し、他のメンバーの演奏にも一層気を配るようになりました。

 

中学3年間で最終的に到達できたのは、府大会銀賞でした。上にいる学校の数を見ると恥ずかしくなるような結果ですが、それでも喜ばずにはいられませんでした。初めて合奏した日から3年かけて、京都会館のステージに立つことができたこと。「人に聴かせられる」と判断して、大会に出場することを部員全員が納得するレベルまで自分たちの演奏を作り上げることができたこと。輝かしいステージに当たり前のように立たせてもらっていた小学校時代には感じることのなかった達成感のようなものを、確かに覚えました。

 

おわりに

改めて自分の昔の経験を振り返るのは恥ずかしいな!若干美化されているような気もしなくはないですが、なんやかんやで吹奏楽部もユーフォも好きでした。高校の入部時はちゃんと希望楽器にユーフォを選びました(その後1ヶ月で先輩が嫌すぎてやめました。特に有能じゃない田中あすかって感じの人でした)

微妙すぎる終わり方になったことを少し後悔はしていますが、まあそれが今の自分に繋がってベースを弾いたりしてると思えば結果オーライかなと思ってます。

吹奏楽やってなければ音感もリズム感も今より悲惨だっただろうし、ピアノとかではなかなか経験できない「人と合わせてひとつの音楽を作る」ということを沢山やれたので。いろんな人がいて衝突も少なくはなかったけど、それも含めて良い経験でした。