終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

12月28日 ヒトリエ "nexUs TOUR 2018 振替公演"@伏見JAMMIN'

昨日行ってきた。

もうめちゃくちゃ良いライブで、終盤ずっとボロボロに泣きながら観ていた。隣で観ていたお姉さんがタオルの半分貸してくれる程度に泣いてた。で、感想は明日ゆっくり書こう~!と思って床に就いたのですが、興奮が冷めやらぬままこんな時間に目覚めてしまった。これはたぶん早く感想を書きたくて体がウズウズしているのだと思うので、衝動的にレポを書きます。なお中身はいつものようにライブレポ3割私の個人的なチラ裏7割なので、あしからず。

 

セトリ(勝手に拝借してすみません)

 

のっけから飛ばしすぎのセトリ。5カウントハローを初めてライブで聴いたのだけど格好良すぎて死ぬかと思った。曲に入る前のライブ版イントロみたいなのが5拍子になった瞬間「来た…!!」と思った。音源で聴くよりもだいぶ音がダイナミックでかっこよかったです。というか全体的にヒトリエの曲は生で聴くのに向きすぎている。音源も完成度が高くてすげえ!と思うけど、生で聴くと「8億点」みたいな気持ちにさせられる。

 

今回は幸運なことにイガラシ最前で観ることができまして。いつもベースが上手すぎて自分と同じものを弾いていると思えず落ち込むからイガラシさんはあまり見ないようにしていたのだけど、改めて弾いてる姿をガン見するとやはりうまいしすごい。(小学生か)

「ベースの音作り」が本気でまったくわからなくて、これぐらいシンプルに体系化すればいろんなバンドがどんな音を主に使ってるかちょっとは理解できるようになるかな…と思い、先日上のような表を作ったのですが、私が数時間かけて考た「ベースの音」の概念はイガラシ先生によりものの5分でぶち壊されました。こんな単純な表で傾向を分類できるものではなかった。ベースをなめていた。

音によって母音もぜんぜん違うし、音の形もバ行とダ行の間で表現できる範囲に全く留まっていなかった。なんなら「バ」の音にさらに濁音つけてない?みたいな音も出すし。しかもそれを曲単位で変えてくるとかじゃなくて1曲の中で激しく出したりしまったりしてくるので、もう私は「おとがすごい」としか言いようがなかった。右手の指の使い分けが引くほどすごいですね…いや…すごい…(語彙力の限界)

圧倒されすぎて、逆にベースがんばろうと思わされました。自分の実力不足を何とかしたいというより、もうちょっとベースの機能というかベースでできることをできるようになりたいなと。なんと言えばいいのか…「iPadは人を殴るための板だと思い込んでた人間が実際にiPadの機能を知ったとき」の気持ちのような…?エッそんな事ができるの!?!?早く言ってよ!!!…みたいな…?例えが下手すぎて私がベースで人を殴ってると誤解されかねないので次の話題にいきましょう。

 

一緒に参戦したみんな散々言ってたけど、セトリがマジで神がかっておられた。昔の曲から最新曲まで幅広く、かつ普段ライブではやらないような癖とかMIRRORとかの「ォ!」ってなる曲も挟んできつつ、本編ラストは昔からエモさに定評のあったモンタージュガール(しかも当時の音源曲順と同じくSisterJudyからの流れ)。そしてアンコールではwowakaさんがバンドや曲に込めた思いを話してからの新曲・ポラリス!!そしてさらに最後の最後には昔のトリ曲ド定番だったセンスレスワンダー!!!!!

今回セトリを組んだのはキュレーターのシノダさんらしいが、彼がバンドやファンのことを大事にしていることが分かるセトリだなと思った。ファンが期待している曲や、逆に意外で嬉しいと思うような曲を中心にしつつも、バンドとして伝えたいものはしっかりと伝える曲の組み方で、シノダさんの思いが感じ取れて余計に良いセトリだと思わされた。全然違ったらすいません、いつもの病気です。

 

<この辺から個人的すぎるチラ裏>

トーキーダンスをですね、今年の夏ぐらいに友達とセッションでやったんですよ。私は打ち込みのキーボードというハイパーチョイ役で。

だからトーキーダンスが始まった瞬間、その思い出補正というか、「親の声より聴いたイントロ!!!!!!」みたいな気持ちでテンションがぶち上がってしまい、そして「楽しさ」が閾値を超えた結果、私はなぜか次の瞬間号泣していた。えぇ…

 

さいきん「自分はどうしたいか?どうなりたいか?」ということについて悶々と考えていた。自分が「こうしたい」と思ったものは、よくよく見てみると他人の意向を先読みに先読みを重ねてそれに沿った結果だったことに気付かされることが増えた。休職して自分と向き合って、自分のしたいことが分かるようになったと思っていたけど、結局は「最適解」を出すのが上手くなっただけなのかと思って少しやさぐれていた。

だって結局、やりたいと思うことをやってても、何しててもなんか苦しいし。心の一部分にいつも陰のようなものがかかっていて、そいつがいるかぎり心の底から「あれがしたい!これがしたい!」なんて心根から思えるわけないと思っていた。

でも、トーキーダンスのサビで右手を高く上げた瞬間の私の心の中には、陰なんてどこにも見つからないことに気づいた。セッション楽しかったなとか、でも本家は8億倍かっこいいなとか、「今すぐそう」の「いー♪」部分が好きすぎるんだよなとか、とにかく楽しいこと好きなことで頭がいっぱいで、漠然とした不安や陰鬱とした気持ちが入り込む隙間なんてなかった。何度好きだと実感してもし足りない、私は音楽がほんとうに好きだ。何がしたいかと聞かれたら、ずっと音楽に触れていたいと自信をもって言える。そんな気持ちになれるこの瞬間が幸せすぎて、ものすごい笑顔でボロボロ泣いてしまった。トーキーダンスで踊りながら泣く女、冷静に考えるとキモすぎる。

 

その後はよくわからないけどもうずっと泣いていた。アンノウン・マザーグースは何度聴いてもwowakaさんの気持ちが入りすぎてて泣かずに聴けたためしがないし、モンタージュガールの「足りないなりに何かを貼り合わせよとしていた」という歌詞も、今までつらい日々の中から必死で楽しいことを切り取って貼り合わせて、人生を楽しいものと思い込もうとしてきた自分と勝手に重ね合わせてしまって、泣かずにはいられなかった。そんでも目の前には不安や苦しみを吹き飛ばしてくれるほどの存在がいて、このバンドに出会えてよかった、今日この場にいれてよかったと思いながらまたボロボロ泣いた。そりゃ隣のお姉さんも心配してタオル貸すわな。すみません、ありがとうございました…

 

本編ラストかアンコール直後ぐらいでwowakaさんが色々喋っていた。

「2019年は、ここにいるみんなじゃなくて、君たちひとりひとりに思いを届けられればいいなと思ってやっていきます」「辛いことがいっぱいの日々でも、素敵だった思い出の光を頼りに、なんとか生きていけたらな、という思いでポラリスという曲を作りました」

確かに、IKI以降のヒトリエの曲は生のエネルギーに溢れていた。けれど新曲ポラリスはそれだけじゃなく、「苦しい中で生きようとしている人に寄り添う」ような曲だった。もともと生きづらいと思っていたwowakaさん自身が全力で生きてきたのがこれまでのヒトリエだとすると、これからのヒトリエは「生きづらい誰かの背中をそっと押す」ような音楽になっていくのだろうか。そういった類の音楽は世に溢れているといえば溢れているけれど、ここまで音楽を通じて生きることやその苦しみと向き合ってきたwowakaさんだからこそ届けられるものは、間違いなくあると信じている。

というかポラリスの歌詞がめちゃくちゃ良い…苦しい中でも生きていきたいと思う人に寄り添う曲のサビが「ひとりきりでも続く生」というのがとてもリアルで、だからこそ「誰もいない道を行け」という言葉が激励として強く響く。そばにいるから大丈夫だよ、じゃなくて、あなたはあなただから大丈夫だよ、という姿勢が大好きです。めちゃくちゃ泣いたし、wowakaさんの「ひとりひとりに届くように」という言葉もあながち嘘じゃねえなと思った。基本的にそういう言葉に対しては「いや所詮は1バンド対大勢のファンなんだからそんな関係築けるわけないやん」派なんだけど、いやでもヒトリエに関してはそうだと思わせてくれ~~~~~!!!!なんか届いた気がするもん~~~~~~~~~!!!!wowaka~~~!!!!!!(うるさい)

 

 

2018年最後のライブに相応しい、最高の夜でした。ヒトリエはライブに行けば行くほど好きになるバンドなので、音源を聴いてちょっと気になると思った人は是非ライブにいちど足を運ぶとよいと思います。結構な確率で、ドボドボに泣いてる私も見られます。