終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

仕事とプライベートと体調

復職してから早くも1ヶ月と半分。なかなか調子が右肩上がりにならない。むしろ、退社後の家での時間の過ごし方や休日の過ごし方を見ていると、ゆるやかに下がっている気がする。特に9月に入ってから、仕事のあとはご飯を作って(もしくは買って来たコンビニ飯を食べて)、何もやる気が起こらず2時間ほど床に横たわって、横たわるのも苦痛になったら睡眠薬を飲んで寝る、という暮らしが板についてしまっている。良くないとは思いつつも、何かやる気力や体力が本当にないのだ。

一応、気力や体力を復活させる為の努力はしていないわけではない。少し調子が良いときは楽器を弾いたり体を動かしたりしている。が、それが呼び水になって調子が上がっていくなんて事はなく、むしろその努力が続けられない自分の弱さに辟易している。

こう言うことを思うとまた自分の首を絞めるから本当はよくないのだと思うけど、調子が悪い時の自分が本当に嫌いだ。生産性がなくてただ怠惰で、しかもそれで仕事に行く体力を蓄えられているわけでもないので(仕事は相変わらず行けたり行けなかったりしている。調子が悪いときは動悸と胸の痛みで駅まで歩けない)、ただ時間とお金を無駄に使って無為に生きているような気持ちになる。しかもその怠惰な時間によって自分が楽をしているわけでも癒されているわけでもなく、ひたすら罪悪感と自己嫌悪による苦痛に苛まれているので、本当になぜ自分がここに存在しているのか疑問に思ってしまう。

仕事というか会社にいること自体も今の自分にとっては大きな負担だと思う。どうせ課長シックだろと人事にも思われたのか、前の課長がいる部署に異動させられたため、部署としての仕事量や難易度、重要度は変わっていない(むしろ酷くなっている)。そんな中でヘラヘラと定常業務と負担にならない程度の軽い企画業務だけ担って、定時よりもだいぶ前に仕事が終わって、残り時間せこせこ仕事をしている先輩の横で申し訳なさそうにただ座っているのはなかなかキツいものがある。しかも部署のリソースに余裕があるからじゃなくて、私がいつ休むかわからないから本来私が担当すべき仕事を渡せず、その分を先輩が背負っているというのがまたつらい。

まあそれも大きなつらい要因なのだが、それ以上に仕事が始まって、「良い状態=仕事に行けている、仕事と家事を両立している、仕事で他人の役に立っている」という、自分にとっての「こうあるべき姿」が仕事を軸にまた定義されてしまったのが不調の大きな原因だと思っている。休職中はもちろん復職を目標にしていたけど、復職するためには心身の安定が絶対条件だし、そのためには焦りすぎるのもよくないから適度に自分を甘やかすということが自然にできていた。特に誰にもそれを咎められなかった。

ただ仕事が始まると、そうも言ってられなくなる。心身の安定が仕事を続けるために不可欠なのは変わらないが、社会人に必要なのは、心身を安定させた状態で「休まず会社に来て仕事をする」ことだった。会社に行ける程度の心身の安定なんかは大前提で、会社に行けているか否かで自分の良し悪しを評価される。1日すべての義務を休んで、少し体と心を休ませよう…という行為は、休職中なら賢明な判断として許されたが仕事を始めると途端に白い目で見られてしまう。(主治医には「気のせいだよー」って言われたが、こないだ上司にさりげなく「出勤の目標が低くない?」と言われてしまった)どうせ出勤しても大した仕事なんてないのに。。

ここで表層的な出勤日数を気にして無理をすることが、長期的に見て良くないことはわかっている。ただ自分の体調を最優先しようとしても、それはそれで周りからの「はやく回復を見せろ」というプレッシャーや白い目と戦わなければならないので、どちらを取っても豆腐メンタルの自分にはダメージが大きい。おぼろどうふ。

 

昨夜も21時に布団に入って強引に眠ったので、3時半とかいう謎時間に起きてしまった。今日一日休みなのだけど、何をして過ごそうか。まったく気力が湧かない。