終夜灯ブライトブライト'

主に日記やライブレポ、たまにポエマーと化す

独白

6年半付き合った彼氏を最悪な形で裏切ってから、私は恋人が途切れたことがない。勿論これはモテ自慢などではなく、自分の尻軽さを象徴する事実だ。

 

「見捨てられるかもしれない」という不安が初めて現れた高校3年生の時から、私は他人に求められることに飢えていた。当時の彼氏は大人で安定しており、私を確かに好きでいてくれたが、大人であるからこそ積極的に私を求めることはしなかった。彼氏にとって、いつ自分が不必要なものになるか、それとももしかしたら本当はとっくに必要ではないのではないか、ずっと怖かった。

不安定な精神状態のまま社会人になった私が出会ったのが、Aという同じ会社の先輩社員だった。同期との会話で出た「あの先輩、かっこいいよね」という私の言葉をどこからか聞きつけ(おそらく同期から聞いたのであろう)、気が付いたら飲み会が開かれ、連絡先を聞かれ、デートに誘われていた。自分が飢えていた、強烈な「求められる感覚」にやられてしまった私は、その時点で5年付き合った家族同然の彼氏がいるにも関わらず、私はその誘いを受けた。

そこからの流れは想像に難くない。それから彼氏への罪悪感と強烈な自己嫌悪に襲われつづけることになったが、Aとの関係を終わりにすることはできなかった。関係を断ち切ろうとするたび、全力で引き留められるようになった。Aから逃れることができず、全てを彼氏に白状する勇気もなかった私は理由を伏せて彼氏に別れを切り出した。「二人と同時に関係を持っている」という、自分の罪悪感を払拭するためだけに。

こちらが同意する間もなくAとの交際が始まり、そしてそれを機にAの態度は豹変した。毎日罵詈雑言を吐かれるのは当たり前で、暴力も振るわれた。自業自得だと思った。求められることで埋まると信じていた心の穴は塞がらず、むしろ自分を毎日否定する言葉を受け続けることで、その穴は大きくなっていった。

その時の唯一の希望だったのが、当時ベースをやっていたバンドだった。趣味のコピバンだが、皆でわーわー言いながら、少しずつ自分たちの音楽を作っていくのが楽しかった。そして、そのバンドのギター(Bとする)が私のことを好きなのは、なんとなく感づいていた。

Bは極度の口下手で受け身で、そんな彼がほぼ唯一マトモに話せたのが私だった。その頃の私は、少しでも人から好感を持たれるために必死だった。Bと会話していて空白があれば「そういえばさ、」と話題を振る。積極的にBのことを聞いて、内容の如何に関わらず肯定する。そんなペラペラの会話で、Bは私に好意を寄せてしまっていた。

幸い彼は、Aとは真逆の穏やかな性格だった。そんな彼と一緒になれば、苦しみから抜け出すことができるのではないか。そう思った私は、Aとなんとか別れ(警察沙汰になったしその後半年ぐらいストーキングされたが)、その後10日も経たずにBと付き合った。恐怖から抜け出して、この心の穴を満たす愛情を手に入れれば、この苦しみも終わるんじゃないかと思っていた。しかし、愛情を得るために恋愛をする私と、虚像の私に恋をしたBの恋愛が、うまくいく筈がなかった。

1年以上にわたって自分を否定され続け、愛情の飢餓に陥った私は、以前よりもさらに強く「求められること」を求めた。Bにとって自分は必要だという証拠が欲しくて、少しでも「Bにとって自分は不要かもしれない」と感じさせる出来事があると、自分は愛されていないんだとBを責めた。「こんな人だと思っていなかった」と、Bは疲弊しきった顔で言っていた。

このままだといけないと思った。そこで初めて、自分が変わらなければならないと思った。仕事を休み、精神科に通い、カウンセリングを受け、少しずつではあるが自分の心の穴を自分で埋めるための術を身に着け始めた。同時にBとの関係についても、これまでのお互いがお互いを見ていなかった状態から、少しずつコミュニケーションを取ってお互いを開示していき、それを認め合って、本当の恋人同士になりたいと思っていた。

だけど、それがうまくいかなかった。先述した通り、Bはコミュニケーションが本当に苦手だった。私は私で、コミュニケーションを取りたいという思いが先走りすぎていた。そんな私の発した言葉のボールを、Bはうまく受け取れなかった。結果、私には「勇気を出して伝えた気持ちやお願いを無視された、コミュニケーションを拒否された。結局Bは本当の私が何を思っているかを見たくないんだろう」という思いだけが残り、BはBで、苦手なコミュニケーションを強いられて更に疲弊しているようだった。そんな日々が何か月か続いたある日、Bが「異業種に転職するための勉強を始める」と言って会社を退職した。

未経験から異業種への転職(しかも当初はフリーランスを目指すと言っていた)って大丈夫なの、就職できるまで収入が無くなるけど生きていけるの。そういった私の不安も、Bは疎ましそうだった。Bはスクールに通い始め、朝の9時から夜の10時まで家に帰らない暮らしが続いた(当時同棲していた)。その頃私は休職から復帰したばかりで、仕事や家事の疲れと収入や今後の不安、そして解消されないままの二人の心の溝に、精神的に参ってしまっていた。

そんな時に再来したのが、求められることへの強い渇望だった。相変わらずBには必要とされているのかわからず(むしろ疎まれており)、自分で心の穴を埋める方法もわからないままだった。そして最悪な事に私は、Bが私に無関心なこと、そして1日の大半を外で過ごしていることをいい事に、適当なアプリで適当な男と遊んでいた。適当な男の適当な言葉だとわかっていても、求められることで一瞬だが気持ちを紛らわせることができた。完全に自暴自棄になり、ある日Bに全てを明かして「別れてほしい」と言った。Bは数日悩み、なぜかそれを拒んだ。だからと言って二人の問題が解決するわけでもなく、私の夜遊びが落ち着いた以外は特に何も変わらない日々が続いた。ちなみにBは無事就職した。

 

そして去年の8月、私は別の人に恋をした。

 

相手とは2年ぐらい友達として付き合っており、特に何もなかったのだが、家の方向が同じだったので飲み会の帰りによく家まで送ってもらったりしていた。繰り返すが特に何もなかった。

先述した通り私は人を前にすると自動的に「嫌われない喋り方」をしてしまう習性があった。それはたとえ何回会った友達相手にも発揮されてしまうのだが、その人に対してだけは、不思議と話す度に自分の警戒心が緩んでいた。どれだけ私が自分を取り繕っても、相手は自然体でそれを受け入れてくれ、過剰な期待も否定もしないでいてくれた彼に、私は次第に自分の本心に近い部分を話すようになった。それが肯定されたか否かは今となってはもう覚えていないが、彼はそれに対して自分の気持ちを話してくれた。それは、私がずっと求めていたコミュニケーションそのものだった。

気を許して話ができ、波長や価値観も合う彼のことを「好きだ」と自覚したのは、何度目かの帰り道だった。特に何かきっかけがあった訳ではないが、彼と話す時間は楽しくて、彼といる間は自分のことすら少しだけ好きになれた。解散して自分の部屋に戻ったときに、「これが、誰かを好きになるということかもしれない」と思った。

6年半の付き合いだった元彼と別れてから、「好き」という感情がわからなくなっていた。強引に付き合わされたAに対しては「好きにならなければ殺される…」という恐怖で好きだと思い込もうとしていた。はじめは打算だったBについても、「お互いを理解して好きになりたい」という気持ちを、「好き」という言葉で誤魔化していた。(「好き」と言葉にすることで、相手から好いてもらえるのではという最低な気持ちもあったと思う)

昔から衝動で生きている私は、翌日さっそくその旨を彼に伝えた。付き合いたいというより「すごいことが分かったのでこの驚きを聞いてほしい」ぐらいの気持ちで「きみのことが好き」と伝えた。「おれも好きだなとおもっていた」という返事を受け、びっくりしながらもその晩Bに別れを切り出した。今思えば、順番が逆だろと思う。これに関してはいろんな人に怒られたので反省している。

 

 

彼と付き合うにあたり、突如別れを切り出され家を出て行ったBをはじめとして色々な人に嫌な思いをさせた。それまでよく遊んでいた彼との共通の友達にも迷惑をかけ、私を嫌う人は勿論、彼からも離れていく人はいた。彼を含むいろいろな人に対する申し訳ないという気持ちは消えないし、今も「こんな最低な人間がのうのうと幸せに生きていていいのか」という気持ちで眠れない夜を過ごすこともある(今です)が、それでも幸せになりたい、前に進みたいと思ってこの長い記事を書いた。

彼と付き合ってから、「求められたい」という気持ちや、寂しさを不適切な方法で解消しようという気持ちの一切が消えた。ほんとうに毎日穏やかで幸せな日々を送っている。理由ははっきりとはわからないけど、大好きな人がたくさんの愛情を注いでくれること、そして自分の荒んだ心が回復して彼の気持ちをこぼさず受け止められるようになったことで、心の穴が満たされたのであればいいなと思っている。

 

この記事は自分の気持ちの整理でもあり、ここに至るまでの自分の苦しみを分かってもらいたいというエゴの表れでもあり、私は最低な人間なので不快に思った人は離れてくださいというお願いでもある。見える形で拒絶されないとわからないので、マジで嫌だわこいつと思った人はツイッターをブロックなりリムーブなりしてくれると助かる。

 

見えない敵意に怯えるのはもうおしまいにしたい。